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今日のニュースと「村正批評やり直し編」

[雑 記]装甲悪鬼村正やり直してた。



2chの2009年ベストエロゲで三位に輝いた、ということで部分的にやり直していた。
面白いのは分かっているんだけど、それでもやっぱり唸らされる。これほどまでの大作が埋もれるのは実に惜しいし、エログロということで避けて通るにはあまりにも勿体無いと思う。
時間がかかるのはどうしようもないんだけど、それでもこのゲームは「2009年」というゼロ年代の最後を飾るに相応しい作品だったと言えるんで、是非やっていただきたい。

うーん、やっぱりね。「善悪の闘争」って大事なテーマなんだけど、大体答えがでないんだよね。
そもそも「善」と「悪」、片方だけならまだしも、両方描き切ってる作品って少ないよねぇ。
あの「Fate」だって「善」しか描けていない。悪に関しては殆ど描けていないと言える。
そもそもテーマが「偽物の思いであっても、それを支持する心は本物!」だし描く必要がないと言えるんだけど、それでも最後に立ち塞がる言峰綺礼は「己の欲望を突き詰めると悪になる」という「悪しかない存在」。
「現象としての悪」は確かに士郎の敵としては相応しくて、「現象としての善」になろうとする士郎に対するラスボスとしては正しい。
正しいんだけど、普通の人間の中にあるは「現象としての悪」である言峰綺礼の中にはない。
これが描けているのが「装甲悪鬼村正」なんですよ。

主人公の景明君が使う鎧っていうのが「村正」なので「装甲悪鬼村正」なんだけど、この鎧は「呪われた鎧」と忌み嫌われています。
何故かと言えばそれは「善悪相殺という呪いの理があるから」。
この呪いを簡単に言うと、「敵を一人斬れば、味方を一人斬らないといけない」という事で、「憎むべき対象」を手にかけると「守りぬいた愛する者を斬ることになる」という設定なのです。
この理は鎧を纏う時のセリフにも現れていて、

鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。ツルギの理、ここにあり

鬼=憎むべき対象、仏=愛すべき対象ですね。
つまり村正を身に纏う主人公は「敵と戦わなければならない」因果により、「愛するものを殺し続ける」宿命を背負ってしまう。
それは序盤から頻繁に繰り返されていることで、本作独自の好感度システムは好感度が一番高いヒロインが殺されるという事を示し続けるために存在しています。
これにより我々は知らず知らずのうちに「善悪相殺」を学びます。
そして物語は必然的に「悪とは何か」を問われるものとなります。

■英雄編~悪とは、善とは何か、ということ~

英雄編では「絶対正義」の存在として、「装甲大義」正宗という鎧が登場します。
これは景明君を「悪鬼」だと断じ、使い手ともども「悪」を追い求めます。
これはなぜかと言うと、彼らの過去に起因します。
彼らは「無関係な人を巻き込む邪悪」を見てしまった。
正宗は「蒙古の人とは思えぬ所業」を見た。男は全て殺し、女は全て拉致し性処理の道具として吐き捨て、ゴミのように捨てる。
正宗はこれを「人の所業ではない=悪鬼の所業」とした。
だけれど、蒙古は人であった。ならば悪鬼はどこから来るのか。
正宗は自分が絶対的な正義の存在となることで、悪鬼から人を守ろうとした
使い手は士郎君のように「自分を犠牲にして人を救う人間」を見た。
そしてその人が断罪されるのを見た。それは正しいはずなのに、殺される人を見た。
故に、使い手は悪を憎み、自分だけでも正しく戦おうと思った
彼らは人の善性を信じるが故に、それを否定する悪を憎み、ないのなら自分がそうあろうとした存在なのですね。
だから彼らは英雄だと言われるし、実際にそれにより救われる人達も多かった。

一方、村正は「善悪相殺」の呪いを持つ。
これは何故かと言えば、無関係な人を巻き込む戦いが邪悪だと思ったから。
村正は「善も悪もない。でも戦いが人を殺すのは事実」として、戦いがどれだけ醜いものかと語るため、「善悪相殺」の呪いをかけた。
これは魔王編でのセリフからも分かることですね。

「だがな。……それなら俺の敵となった人間は、死すべき者だと言えるのか?」
「彼らは俺からすれば悪人だった。しかし、彼らにも彼らなりの善があった」
「善悪相殺。……成程、人を殺すと言うことは、善と悪を諸共に断つという事だ。ようやく理解出来た……」
「殺人はなべて悪鬼の所業。例外などない。あらゆる殺人に正義はない。戦いに正義はない」
「お前ではなく、他の劔冑と結縁して。この二年を戦っていたら……。おレは今ごろ、自分のことを英雄とでも思っていたかもしれん。世の人々を救うために悪と戦いこれを討つ、正義の武者だとな。そうして、銀星号を倒した暁には、六波羅(注:政府の意)をも打倒しようなどと考えていたか……」
「想像するだに怖気の走る話だ。独善の化粧でしかない正義に酔い、争乱を引き起こすなど……」


彼は自分の中に「正義はない」と自覚しています。それでも「悪を憎む」。だからこそ彼は村正を纏います。
戦場の理=善悪相殺を真実だと信じて

村正=景明は正宗を「独善」だと言い切ります。
正宗=仕手は村正を「完全悪」だと言い切ります。

共に「平和を求めるが故に」劔を取ったにも関わらず、彼らは己が信じる悪のため
悪を貫く戦いに挑みます。

先程も言いましたが、「善悪はありません」。二元論で語れるほど世界は単純にできてないし、本来の因果応報が指し示す通り、「良い事をしたからといって、相手も良いように受け取る」とは限りません。
中にはあなたの善意を悪意と思う人もいるでしょうけど、まあそれはそういうものですし。
「問題は何が悪か」と言うこと。それだけだと「村正」は語ります。
故に英雄編は「悪対悪」としておきながら、同時に「善対善」の戦いでもあると語ることが出来ます。
それが「正義、断つべし!」「邪悪、断つべし!」というやりとりに現れていると言えましょう。

また正宗と村正の装甲の言葉も対照的ですね。
「絶対的であるはずの仏も鬼も斬る」という村正に対し、正宗は「俺という正義以外を全て斬る」ですし。
だからこそベストバウトと言うべき戦いになるわけですが。

英雄編はまだ序章ですが、Fateで描かれた後の世界の戦いと言い換えることも出来そうですね。
もっとも、暗さやグロさ、世界の動き方はFateの比ではないのですが。



ポテトチップスを食べながらPCするときの手の汚れ問題を解決…「ポテチの手」
箸でいいだろ。
そんな面倒くさいこと出来るかw

FF13のディスクのデータを解析したらヴァニラの全裸モデルが見つかる
胸が熱くなるな。
なんつーことだ。

外人「ゴッドオブウォー3ほどに壮大なスケールのものは他に無いであろう。」
クレ様って2m超えてたよな……。
でかすぎじゃね?
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2件のコメント

[C710]

以前もコメントしましたが、英雄篇ラストの「正反対の後ろを向けば景明がいるような気がする」という事場とあのCGって、二人が二章で出会って、別れる際の「常に真後ろを気にしてください、必ず私がそこにいます」ってのとかけてるんですよね。
奈良原一鉄、実にニクい。相容れないってか。

[C711]

普通に考えれば「背中を託せるパートナーなんですね、分かります」なんですが、同時に「互いに向い合って意思をぶつけ合うことのない=分かり会えない仲である」の二重の意味がかかっている、というのはなかなか面白い演出でしたね。

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