Entries

公野櫻子作品に見る『何を真実とするか』ということについて

『ラブライブ』というコンテンツがアニメ化をきっかけに知名度を上げてきている。
アニメ放送直前まではおそらく知っている人間は少なかっただろうし、アニメ化告知がされた一年ほど前にしてもアニメ化について喜んでいたのは一部の界隈だけであり、まさに「知る人ぞ知る」といったコンテンツ群であったわけだが、アニメ化を契機に知名度が増し今日のような隆盛を築いていることをいちファンとしては喜ばしく思う。
さて『ラブライブ』というコンテンツ群はサンライズが企画当初から関わっていたことは既に何度も書いていることであり、アニメ版でもOPにサンライズ企画部の共同ネームである矢立肇がクレジットされていることからも分かるだろうが、このコンテンツ群が今日のような隆盛を築くまでのポテンシャルを生み出す事に成功したのは原案者としてクレジットされている公野櫻子の筆力に依るものが大きいだろう。
公野櫻子は『シスタープリンセス』の原案・テキスト全般を手がけた事で注目されたクリエイターである。
『シスタープリンセス』とは『電撃G'sマガジン』の読者参加型企画であり、『ラブライブ』のご先祖というべきコンテンツ郡だ。


シスター・プリンセス&シスター・プリンセスRePure DVD-BOXシスター・プリンセス&シスター・プリンセスRePure DVD-BOX
(2008/02/14)
小林由美子、川澄綾子 他

商品詳細を見る


「妹と兄のやりとりだけ」という極めてミクロで閉じきった設定を手紙やメールという形で展開したこの『シスプリ』は多くの人間を「お兄ちゃん」へと変え、アニメ化の際には本来の「十二人いる妹候補の中の一人が義妹になる」という設定から「十二人の義妹が突然出来る」というぶっ飛んだ設定に改変された事もあったが、まあいわゆる妹ブームを形成するのに貢献した作品であることは間違いないだろう。
公野櫻子はこの『シスプリ』を機に知名度を増し、いわゆる足長おじさん的立場から女の子たちを見守るラジオ企画『パピー・ガールズ 〜わたしのおじさま〜』や女子校での百合的関係に焦点を当てた『ストロベリー・パニック』などの原案やテキストを手がけ、現在は『ラブライブ』のと原案を手がけるとともに『電撃G'sマガジン』におけるショートストーリーなどのテキストの類を執筆している。『ラブライブ』の中核を担う仕事を手がけていることから、今日の盛り上がりを生んだ立役者の一人だと言っても過言ではないだろう。

そんな公野櫻子作品の特徴としては「視点の設定」というものがあるだろう。
公野櫻子が手がけた作品のはその殆どが読者参加型企画として発表された作品ばかりである。『シスタープリンセス』然り『ストロベリー・パニック』然り、『Baby Princess』然りだ。
そして現在展開されている『ラブライブ』もまた読者参加型企画であり、『パピー・ガールズ』もラジオを中心に展開されていたもののその構造は読者参加型企画の流れを受けて作成されたコンテンツであることは間違いないだろう。
読者参加型企画を母体とする作品には『クリエイターが作ったものを』ではなく『クリエイターとリスナー・読者が互いに発信し合う』という特徴があり、読者の意見やコメントというのはかなり重要な立ち位置を締める。というか読者がいなければこれらの企画は成立しない。
そこで読者参加型企画には「読者側の視点」を最初から設定し参加しやすい場所を作るところから始める必用があるわけなのだが、公野櫻子が手がけたコンテンツ群においてこの「読者参加型企画ならではの視点の設定」は主人公である「あなた」という存在に設定されている。
この「あなた」とはほかならぬ我々読者のことであり、つまり公野櫻子作品ではギャルゲーではよく見られる「読者=主人公」という視点の設定の仕方ではあるしギャルゲーであれば取り立てて珍しいものではない。
しかしこれが「読者参加型企画」であるということを考えるとギャルゲーで用いられるような効果とはまた別の硬貨を発揮する。
「読者=主人公」という視点が何をもたらすかというと「主人公とヒロインのやりとり」というものがイコール「自分とヒロインとのやりとり」に変換されることであるが、読者参加型企画で用いると「主人公は読者の数だけ存在しており、読者一人一人が違った物を見ている以上、主人公も違った物を見ている」という流れを生み出す。
この概念は『シスタープリンセス』を見れば非常によく分かる事なのだが、『シスタープリンセス』はアニメでこそ「突然十二人の妹ができる」というぶっ飛んだ設定に改変されているものの最初期の『シスプリ』は「兄一人妹一人」という関係性であり、読者の視点はイコール兄の視点であることを考えると、自分の他に別の八人の兄もまた存在するということになる。
この「主人公=読者」とする視点の設定は、読者の「当事者性」を引き上げる事に「『自分以外の読者の存在』を世界観レベルで認識させることに成功しているところが非常に熱いところで、『シスプリ』における「お兄ちゃん」がいかにすごい存在であったかは妹ブームと呼ばれる一連のブームを形成したことからも分かるだろう。
『シスプリ』を例題に出したが、他のコンテンツについても同じ事が言える。
『パピーガールズ』は「おじさま=リスナーとヒロイン達との交流を目的としている」し、『Baby Princess』は「トゥルー長男=読者と十九人の家族との交流」が主な目的だ。『ストロベリー・パニック』においても「女の子同士の交流=百合が目的」であるとはいえ、三人の兄=読者という視点は存在しており、「百合的空間を妹の口から語られる」という意味では読者と兄の視点はシンクロしているといってもいい。
この公野櫻子でよく見られる「読者=主人公」という視点を支えているのは、公野櫻子自身が『Baby Princess』三巻にて触れている「作品とは自分が創るものではなく、既に存在しているものを文章に書き起こすもの」という創作論によるものも大きいのかもしれない。
いずれにせよ、「読者参加型企画」という「多くの読者とのやり取り」を重視するコンテンツにおいて「読者を主人公に当てはめた」というのは公野櫻子作品に代表される特徴だといえる。

また主人公とヒロインとの距離感の置き方についても興味深い。
公野櫻子作品では初期より手紙やメール、日記という形でテキストを展開し、それによりヒロイン達の動向や感情の揺れ動きを読み解く事ができるのだが、これらのテキストは全て「ヒロイン達の主観」であると同時に全て「過去に起きたことの報告」なのだ。
リアルタイムで展開されていることではない以上、「必要なことだけが綴られている」というテキストにならざるを得ないのだが、読者参加型企画においてはこれらの要素は効果的に働く。
なぜならばリアルタイムで全て描写している以上、我々の妄想が入り込む余地が存在しているからである。
「必要なこと以外が記述されていない」ということは言うなれば物事の外枠だけ描写されているだけに過ぎない。細部を見ていくと穴だらけであるし、また報告自体が客観的ではなく主観的なものである以上、そこには「ヒロイン達が何を重視しており、何を必要ないと思ったのか」という価値観が現れ、それに伴いキャラクター性がはっきりしてくるのだ。
この「キャラクター性を読者が想像する・妄想する」ということはリアルタイムではなく「後から本人の口から語られる」と「まとまった内容を提供される」と言うことにより可能であることを押さえておきたいし、同じ事象であっても視点となるキャラクターが違えば内容自体も違って見えて、ヒロインごとの価値観や視点の違いが目立ってくるという事にもなる。
『Baby Princess』はそういったヒロインごとの「価値観の違い」や「視点の違い」を「長男に向けた家族日記」という体裁のブログにてそれを見せようとしたコンテンツだろう。


Baby Princess 3Dぱらだいす0 [Blu-ray]Baby Princess 3Dぱらだいす0 [Blu-ray]
(2011/07/20)
不明

商品詳細を見る


家族日記という体裁で進められた企画であったが、これにより日常の中のちょっとした事件について「ヒロイン達はどう捉えているか」ということから「真相」に至るまでを読者=主人公側がきちんと読み解く必要があるなど殆ど連載小説のノリになっていた。
しかし連載小説のノリに近づくほど長期的かつ展開の仕方が巧みだったこともあり、「家族」というものをどう認識し、どうしていきたいかということを十九人全員が自分の視点で書くということが出来、「家族」という『Baby Princess』の根幹を支えるテーマをブログ全体で演出することに成功し、多くの人間をトゥルー長男へと変えていった。

「読者=主人公により自分以外の読者の存在を世界観レベルで認識させる」。
「妄想する余地を与えることで妄想補完でキャラクターを理解させる」。
この二つの要素が公野櫻子作品において特徴的な事柄ではあるものの、これらは同時に「正史というものが存在しない」ということを生み出している。
このことについては『ラブライブ』に存在する「ゆらぎ」についてでも触れているが、「正史が存在しない」ということは「客観的事実に基づく真実が存在しない」ということでもある。
ではそれはよくないことなのか?と言われるとそうではない。
「正史が存在しない」「客観的事実に基づく正解はない」ということはいうなれば「全てが偽史である」ということもあり、同時に「全てが正史である」と言い張ることが出来るということでもある。
つまり「何が真実か」ではなく「何を自分の真実と思うか」が大事なのである。
今まで上げてきた公野櫻子作品の特徴は突き詰めていくと「客観性の排除」であるが、客観性を排除していくことで「主観性」というものは際立ったものになる。というか世界を構成する要素は主観性以外になくなっていく。
そんな世界観の上で「客観的な真実」は何の意味も持たない。
むしろ重要なのは「自分にとっての真実」であり、公野櫻子作品において最も重視されているのはまさしくそんな「自分にとっての真実」なのだ。
そういう意味では公野櫻子作品においては「妄想」というのは存在しないと言ってもいい。
なぜなら妄想したものを真実だと自分が決めてしまえばそれが真実だからである。
そういった「妄想を妄想にせず真実へと変えてしまう」とい「全てを肯定し、ありのままを引き出させる」という事は本来かなり難しい行いのはずだが、それが成立した時にそれは何事にも得がたいエンターテイメントになりうる。
そう意味では公野櫻子作品の最大の特徴は「自分にとっての真実(トゥルー)を見つけた時に極上のエンターテイメントになる」ということなのかもしれない。
スポンサーサイト
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://ilya0320.blog14.fc2.com/tb.php/1837-a0ad155f

0件のトラックバック

3件のコメント

[C1147] 承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

[C1351]

ラブライブに関しては、これまでと少し違う気がする。
読者の立場を登場キャラと接触させない立場(あくまでファン)にすることで、
自分以外の”あなた”がキャラと嫌な事をする可能性を排除している。
”あなた”に向けたメッセージの全てが、あくまでアイドルからファンに向けたモノ。
結果、キャラ同士の関係を想像する楽しみ方が一般的になってるけど
あくまで登場キャラ同士なのでそれを不快に感じる人も少ない。
所謂「俺の嫁」という妄想をする作品にあるような衝突が無いことが
ラブライブ人気の最大のポイントじゃないかと思う。

[C1352]

流れとしてはストパニの反省を生かした形なのかなーとは思いますね。
中継するキャラって当事者同士の関係性には必要ないものですし。
  • 2013-07-04
  • 水音
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

魔界戦線


■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
44829979_m.jpg
とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

プロフィール

水音

  • Author:水音
  • tumblrの方が積極的に更新してるマン。
    面倒くさがりなので、Twitterのほうが捕まります。

    魔界戦線



    連絡先  :mizune.moon.sounds@gmail.com
    @を半角にして下さい

カウンター