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学園都市という舞台を活かしたエンタメ作品、『黄雷のガクトゥーン』

久しぶりにエロゲの話をしよう。
エンターテイメント作品として場らしい出来だったエロゲの話である。
そのエロゲ、タイトルを『黄雷のガクトゥーン』という。


黄雷のガクトゥーン -What a beautiful braves- 初回版黄雷のガクトゥーン -What a beautiful braves- 初回版
(2012/12/21)
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『黄雷のガクトゥーン』は2012年12月末にライアーソフトから発売されたアダルトゲームである。
本作はライアーソフトが2006年の『蒼天のセレナリア』から続けている看板シリーズ、スチームパンクシリーズの最新作であり、シナリオはスチームパンクシリーズのシナリオを全て手がけている桜井光が、原画には今までスチームパンクシリーズを手がけてきたどの原画家とも芸風が違う千枚葉を据えており、マルセイユに浮かぶ学園都市にやってきた謎の転校生、ニコラ・テスラとその彼に助けられた少女、ネオン・スカラ・スミリヤの二人の学園生活と学園都市の裏に潜む陰謀との戦いを描いた作品である。

本作を語る上で外せないのは「学生」と「学園都市という舞台じかけ」だろう。
本作は今までのスチームパンクとは違い、そしてエロゲでは割と見かける学園都市を舞台としていることが特徴の一つに挙げられるが、この学園都市は生徒会が都市全体の運営を取り仕切っていたり、学生が商売をすることが許されていたりと「学生が中心となった都市」という意味ではエロゲでもあんまり見ないような「都市」が考案されている。
この設定はライアーソフトの前身である遊演体が展開した『蓬莱学園の冒険』を彷彿とさせる都市設定であり、東京とマルセイユという違いはあるにせよ「都市部近海に浮かぶ島にある学園都市」という部分は共通している他、『蓬莱学園』で考案された都市像もまた『ガクトゥーン』と同じように「学生が主導で展開される都市」であった。
この部分に関してはセルフオマージュともいうべき部分があるのだが、この「学生主導で動く都市」という都市像は否が応でも「この都市の主役は学生である」ということを理解させてくれる。
なにせ警察組織ですら生徒会主導であるし商売だけでなく食料や芸術、都市機能を維持しているのもまた学生であることが『ガクトゥーン』では何度も言及されている。
「学園都市であるのだから学生が主役であるというのは当然だ」という意見もあるだろうが、「都市機能の維持にまで学生が関わっている」というのだから、その「学生が主役であること」という都市像を構築する上で注ぎ込まれたエネルギーは尋常ではない。
そのことは前述したが、何度も何度も繰り返される「学生が主導で動かしている」という事を示唆する文章からも伺える。
本作は「学生が主導の学園都市」を舞台にした学園生活を目的とするゲームである。
しかしここまで「学生が主導」ということを徹底した結果、本作において中心角にいる「大人」は存在しないといってもいいという状態へと変貌している。ニコラ・テスラと学園都市に潜む黒幕、理事長を除いては。

本作では従来のスチームパンクシリーズに見られたようにアクションパートが存在しており、主人公のニコラ・テスラは学園都市で起きる異常を追う過程で、様々な刺客と戦いを繰り広げることになるのだが本作に登場する敵は一人の例外を除いては全て、ネオンやニコラ・テスラと同じ「学生」が敵となる。
彼らはどいつもこいつも学生らしい青臭い欲望を叶えるためにニコラ・テスラと戦うことになるのだが、ここに学園都市を舞台にしたからこその面白さがある。
そもそも学園(都市)モノの面白さというのは「閉じた世界故に学生だからこその小さな悩みが世界全体の悩みになる」という事であり、だからこそ学園物において「閉じた世界の悩みにより超常的な物語が動き出す」といった物語装置が稼働することが許される。
なにせ学園というのは外部の人間=大人が入ってはこれない閉じきった世界なわけで、そういう世界における悩みというのは「学園全体に対する悩み」という形で描かれても問題ないわけなのである。
運動音痴の人間が体育がある日に「学校に行きたくない」と思うのは、彼にとって「運動ができない」という大人だったら「どうでもいいような小さな悩み」が彼の主観では「世界の悩み」へと見えており、「出来ないことで世界から置いて行かれる感」を味わいたくない的なヤツである。
この「学園」という世界は我々日本人であれば半日付き合わなきゃいけない世界であり、そこに外部の人間があらわれることが稀だと考えるとやっぱり閉じきった世界だし、そんな世界で「自分の能力が劣っていることを人前で証明し続ける」という事を考えると、まあ「学校に通う学生の悩み」というのは「大人にとってはどうでもいいこと」でも「学生にとっては超重要なこと」に化ける。
そういう「ミクロな悩みをマクロな悩みのように見せかけるのが「学園」という舞台の醍醐味であると思うのだが、『黄雷のガクトゥーン』で登場する敵も漏れ無く「学生らしい悩み」を抱え、超常の力を求めてニコラ・テスラという存在に戦いを挑むのだが、そこで「いくら学生らしい悩みだといっても手段が間違っている」わけなので、「本心を読み違えるな」などの説教を食らうのは無理からぬ事であろう。ニコラ・テスラはそういう意味では本作において大人らしいもっともな説教の仕方をかましているのだが、それと対立する理事長は「大人らしいエゴの力で学生を利用する」という構図になっている。
この「学生=子供を思いやる大人」であるニコラ・テスラと「子供を利用する」理事長という構図が生かされたのがクライマックスであり、学生の悩みを利用して理事長は現実世界に復活を果たし学園都市を破壊しようとするのだが、この学園都市の主役とは誰だっただろうか。
理事長はその力を手に入れるために学生を集め学園都市を築いたが、果たしてこのマルセイユ近くにある学園都市は理事長が主役の理事長だけの舞台なのかといわれるとそれは違う。
この学園都市を都市として維持してきたのも拡大してきたのも反映させてきたのも全て学生達である。
大人である理事長のエゴに対して、作為的とはいえやってきた学生達は反旗を翻す。学園都市を自分たちの手に取り戻すために、彼らは理事長に戦いを挑むニコラ・テスラを。そして彼を支えるネオン・スカラ・スミリヤを応援する。
ここに「学生が主役である」という「学園都市」が今回の舞台に採用された意味がある。
なぜならこの物語は「学生達の物語」である。
だから「学生達が自分たちの意志で、大人の手の中から自分達の街を取り戻す」という構図が組みあがるのである。

この辺りの「人間の意志の力」というテーマは桜井光が今までも展開してきた要素ではあるが、『黄雷のガクトゥーン』はそんな「意志の力」をより全面に押し出しながらエンターテイメント性が高く、非常に魅力的な世界を構築することに成功しており、桜井光というシナリオライターの持ち味が生かされた一作となっている。
「スチームパンクシリーズに興味がある」という人や「上質のエンターテイメントが読みたい」という人にも十分におすすめできる一本なので、是非この機会にプレイしていただきたいところである。

なんかノベルアンソロジーとか出てるらしいし、ファンディスクも出るらしいしな!
ライアーソフトなのに珍しい!

ところで本作の元ネタには『ウテナ』『スタードライバー』といった作品も含まれると思うのだが、この辺りの榎本脚本っぽさというのは持ち味になるのかどうか。
個人的には嫌いじゃない。というか、それ以上にTRPGネタが多くて笑った。
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