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俺がアニメ版アイドルマスターをアイドルアニメとして見れない理由について

ふと思うところがあったのでアニメ版『アイドルマスター』ことアニマスを何回か見直していたんだけど、俺はやっぱりアニマスをアイドルアニメとしては全く見れなかったし、この子達がアイドルとして演出されているように見えなかった。


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当時から「アイドルアニメなのに、アイドルに全く見えない」という事には違和感を覚えながらも、まあ出来は良かったので褒めてはいたんだけど、改めて見直した結果、このアニマスという作品は「ショービズ業界に身をおくもの=プロとしての自覚と覚悟」が一切描かれていないから、アイドルアニメとして見れないのではないかという結論に至った。
アイドル業界というものがショービジネスの世界であるということについて異論を挟む人はいないと思うのだが、このショービジネスの世界というのは人を集められるのかということが重要だ。そして「人を集められるかどうか」ということと「技術的な凄さ」というものはあんまり関係がない。
『うたプリ』では「アイドルにとって重要なのは技術ではない。いかにキラキラと輝くことだ」と表現していたけれど、アイドル業界というものはショービジネスなのだから「キラキラと輝いているもの」が人の目を集める=人気を得られる=お金になるという図式になるわけで、この理屈は正しいものだといえる。
で、問題はそのショービジネスという世界は基本的には人気至上主義の椅子取りゲームであり、人気がある奴、人の注目を集められそうな奴が椅子を取ることが出来る。
逆に言えば人気がない奴、人を集められない奴は椅子に座ることが出来ない=ステージに立つことが出来ないわけで、だからこそアイドルアニメではステージに立つ一人の人間を描くために、「仲間同士」でも「ライバル」として描こうとするし、「アイドル業界は弱肉強食で、仲間とか言ってる奴は容赦なく食われる」というえんしゅつがたびたびされる。
『プリティーリズム・ディアマイフューチャー』はこの辺りをきっちり描いた作品で、主人公となるみあとそのライバルであるヘインは「友達でライバル」ということを度々口にするし、みあの所属するPrizmmy☆とヘインの所属するPURETTYはライバルだけど仲良く競い合いながら、互いに高め合っていくという脚本構造になっているし、終盤のグレイトフルシンフォニアで明日への扉を閉ざすのは、みあとヘインに敗北していった者達という図式になるし、『ラブライブ』でも「ランキング」などのシステムで「人気商売」ということを意識させているし、『AKB0048』に至っては総選挙システムによって「人気至上主義な椅子取りゲーム」であるアイドル業界の演出をして「自分達が今いる場所がどういう場所か」ということを自覚させ、「ステージに立ち続けるということ」ということの覚悟を描いているのだが、アニマスにおいてそういった描写は一切見当たらない。
というか、そもそも「同じ事務所同士」「友達同士」で戦う事になるという構図は見られないし、その構図を持ち込もうとすらしていない。ましてや他の事務所のアイドルとの戦いも描写されていないし、「自分が今立っている場所がどういう場所か」という自覚すらされてないし、「ステージに立ち続けるために、他人より輝き続ける覚悟」も描けていないように俺には見えた。
というか正直ただ慣れ合っているようにしか見えないのである。
これがアイドルグループであれば仲間同士で仲良くすることは別にいいんだが、アニマスの中でアイドルグループとして描かれているのは竜宮小町だけだし、それ以外の子は全員ソロアイドルでしょう?
だったら同じ椅子を狙う者同士で争っている描写とか、相手を蹴落としてでもステージに立つ覚悟とか描けるはずなのに全く描く気がないし、それを描いてないってことは(言い過ぎている自負はあるけど)多分ショービジネスというものを正しく理解してないか、理解していてわざと無視している=アイドルとして描く気がないとしか思えない。
またこの「ショービズ業界に身をおくものとしての自覚や覚悟」というものが、ゲームではきちんと演出されていて、PSPのアイマスでは各ライバルとの争いの中で度々「同じ椅子を狙うもの同士」という事は明示されているし、その覚悟というものの片鱗はコミュにおいても確認することが出来る。
にも関わらずアニメ化において、その「覚悟」や「自覚」というものが完全に抜け落ちていて、団結だの仲間だの。お前らがアイドルなら同じ椅子を狙うライバル同士だし、ギスギスしなくてもいいからちゃんとライバル同士競い合えよ!と言いたい。
これはアイカツだってプリリズだって0048だってラブライブだってうたプリだってやっていることで、アニマスだけがやれていないことなんだよ! 主要キャラにアイドルがいるってだけの『神のみぞ知るセカイ』ですらそれはちゃんとやれてるんだよ!

歌って踊ってるだけでアイドルに見えるのなら誰も苦労はしない!
アイドルアニメをアイドルアニメたらしめているものはアイドル達の「ショービズ業界に身をおくもの=プロとしての自覚と覚悟」だ。
でもアニマスではその覚悟も自覚も描けていないし、既に覚悟完了しているとしてもその覚悟が一切見られない。
というかアイドル業界は弱肉強食で人気至上主義だと散々書いたけど、今隣で一緒に笑っている人間ですら競争相手になってしまうアイドル業界に飛び込む人間達のドラマとしてアニマスを見ていると、あまりにも飛び込む先に対する理解の無さと覚悟未完了さが気になってしまう。
アイドルなんかステージの上に立ってなきゃ存在していないのも同然なのにな!
そういう「プロとしての自覚と覚悟の無さ」という辺りにもう何をやっても馴れ合いにしか見えないというか、隣にいる奴は友達で仲間でライバルで、同じ椅子を狙っているかもしれないという危機意識の欠如というのは、どうにも理解し難いし、そういう女の子が仲良くやってるだけの話を描きたいならショービズ業界であるアイドル業界を舞台にする意味ってまるで無いと思うの。
「仲良くすること」と「競い合うこと」というものが両立するということは『プリティーリズム』や『アイカツ』を見ていても分かる事だし、あの二つはそれをきっちり描いている。だからアイドルというかショービジネス業界を描きながらも「仲良く競い合う」という関係性に落とし込めているし、娯楽作品として安心してみていられる作品になっているんじゃないかなー。
その辺の覚悟の足りてなさがどこ由来なのかはさっぱり分からんが、少なくとも「団結」とか「ゲームのアイドル達は団結してないと」という関係者の話を見ている辺り、少なくとも今のスタッフは「アイドル物」というものを「アイドルと設定しておけばいい」という認識なのかとすら思うわ。さすがに言い過ぎてるとは思うけども。

まあ要約すると「アイドル設定をやるなら、きちんとキャラクターごとのアイドルとしての覚悟と自覚を描け」という話になるんだけど、「女の子が頑張る青春モノ」として見ればアニマスは出来がいいアニメだと思うんだよなぁ。音響以外は俺も好きだし、面白いと思っているんだけど。
ただアイドルアニメとしてはアイドル物である理由が全く見当たらないし、アイドル業界というものを描く気の無さと団結や仲間とは言うくせに、「友達でライバル」みたいな競い合う関係性を一切排除しているのでアイドルアニメには俺は認めたくないし、アイドルアニメとして語ることもほぼ無いと思う。というかまあ語れないが正しいのだが。



ところで『神のみぞ知るセカイ』21巻の特典、『マジカル☆スターかのん100%』において中川かのんがきちんと「スターの役割」を果たしていたことだけは褒めておきたい。
あれは本当に素晴らしいと思った。
「夢は持たない方がいいし、裏切られた時に傷つかない」という敵に対して、「それでも夢を持つことの素晴らしさを歌い続ける」と表明した中川かのんというアイドルの天才っぷりには舌を巻く。
あれこそがアイドルでスターだなぁ。


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[T240] [アニメ][WEBサイト][思想][雑記]「縛り」ではなく、「強み」の一つと考えた方がいいのでは?

マンガ☆ライフ |俺がアニメ版アイドルマスターをアイドルアニメとして見れない理由について ふと思うところがあったのでアニメ版『アイドルマスター』ことアニマスを何回か見直して...

58件のコメント

[C1189]

そんなことしたらアイマスPみんな怒っちゃうからしょうがないじゃんね
馴れ合い大好きなんだからあの人たち

[C1190]

アイマス2の反動なのか
「そこはアイマス2でやったからいいか」
なのか
  • 2013-04-20
  • 名無しさん!コメントですよ、コメント!
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[C1191]

アイドルとは何か、ではないのです。
765プロに所属する彼女たちとは何なのか、ということに焦点を当てている作品だからあれでいいのです。
彼女たちは何かという事を語るだけで2クール使いきったのがアニマス。
一般論として誰でも語れるアイドル論ではなく、
アケマスから延々と培われてきた彼女たちのキャラクターとしての無数の積み上げがそうさせるのです。
  • 2013-04-20
  • 順三朗
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[C1192]

>>アイマスP

俺みたいな「アイドル物が好きで好きでたまらなくて、こういう駄文をこしらえちゃう!」みたいなPの存在はマイノリティなんだろうか。
まあ俺、アケマス時代のPだしな。アイマス2は一応やりました。
貴音が可愛かったことしか覚えてねぇ。

>>アイマス2

俺が見たかったのは「対決」ではなく「競い合う」ということなので、アイマス2だとちょっと満たされなかった部分はありますね。

>>アイドルとは何かではない

それこそおかしな話というか。
アイドルである女の子を「アイドルとは何か」を描かずに描けるはずがないと思うのです。
いや別に女の子として描くだけならそれでいいんですけど、それならアイドル設定いらないですよね?という話になるわけで、この「アイドル」という設定の浮きっぷりがスゲー気になるわけです。
  • 2013-04-20
  • 水音
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[C1193]

横レスですが、彼女たちはアイドルである前にキャラクターであった、あるいは已にアイマスという媒体は、キャラクターコンテンツ性ですっかり染められていたと考えるべきなのでは。
アイマスの文化圏の広がりはかつてのアケマスには必要だったアイドルという要素をもはや不要にしたということでしょう。もはや、今のアイマスはアイドルの一分野ではないのです。残滓を名残惜しんでいるようなものであると思います。

[C1194]

ちょっとした違和感、納得しました。これは10年の年月で生まれた大きな傷なのかもしれないですね。アイマスって不思議なゲームで、一人のキャラクターに真正面から向き合う形になるから、どんどん感情移入してしまう。その結果、できれば争わないで、っていう本音が自分には出来ていたみたいです。
SPにしたって、自分は早く和解してほしいって気持ちがプレイの原動力になってました。

アニメはその本音が現れたのかも?

でも、水音さんの記事をよんで、これはアイマスに必要なものだと感じました。
「アイカツ!」をみててアイドル達に感じる「この子たちは何があっても大丈夫」という感覚が、アイマスにはなくなってる気がします。

そして、個人的にはその競争する姿はゲームではなくアニメで描いてほしいと願います。

細かい感情が現れてしまうアニメだからこそ、「ライバルであり仲間」が描かれ切れるし、同じ映像を共有した人は「大丈夫」を確認しあえるんじゃないかな、と思います。

そういう意味で、劇場版は大きな期待を寄せています。


  • 2013-04-20
  • らくだ
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[C1195]

まあ鳥羽プロデューサーなのでそういう作品クオリティのコントロールはできなかったでしょう

[C1196]  

アイドルアニメってどういう作品のことだろう?
アイドルマスターはあなたの定義とはちょっと違ったんだな、という感想でしかないよね
  • 2013-04-20
  • 名無しさん
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[C1197]

読んだ感想として、そもそもアニマスの見方を間違っている印象を受けました。

アニマスは、アイマスガールズによるトークやライブが、アニメになったものに近いです。
なので、竜宮小町のメンバーも含めた765プロ全員を一つのチームとして描かれています。
一方ゲームは、765プロのメンバーを分割するから,メンバー同士の競争も生まれますし、描かれても不思議ではない。

アニマスを「アイドルアニメ」の一つとして捉えようとしていること自体がズレており、
『アイドルマスター』というコンテンツそのものの理解が不足いると感じました。

[C1198]

単純に言ってしまえば "儲かるから" 今の形なんだろうね。
アイドル作品はかくあるべき、とか深く考察する人向けのコンテンツではなくて、ライトなオタが手軽にブヒれる作品であることが重要なのでしょう。
そういったライト層と今回述べているようなアイドルとしての競争、みたいな要素は食い合わせが悪いのではないでしょうか。
だからそういった側面が徐々に消えていった、意図的に避けられている、のかもしれません。
  • 2013-04-20
  • poepoe
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[C1199]

>>FF5さん

そう考えると『ぷちます!』こそが求められているアニメだったんですかねぇ。
まあ俺は空いてる時間にまとめてアニメを消化するスタイルなので見てないんですけど。

>>らくださん

「友達でもライバルなんだ!」という意識は持っていて欲しいんですよねぇ。
ご指摘の通りアニメだからこそそういう視点が描けると思いますし、「同じ席を狙って競い合う」と「一緒に頑張る」があるからこそ「この子たちはずっと仲良く競い合えるんじゃないか?」という気持ちになれるというか。

>>鳥羽P

まー俺、別に戦犯探ししたいわけじゃないんですけどね。
出来たものが全てですし。

>>アイドルマスターは俺の定義からずれているだけ

そういう風に書いたつもりだし、一般化する気はまるで無いです。

>>アニマスはアイマスガールズのトークやライブのアニメ化

俺はその辺にまるで興味が無いのでそう言われると「そうなのか」としか言えないんですけど、それにしても『ショービズ業界の描き方としてやるべき描写がされていない』というのには疑問しか残りませんし、アイマスというコンテンツを理解してないと十全と楽しめない作品ってなんなの?と思うわけです。
いやこれがOVAとか「ファンしか買わないもの」なら許すんですけど、「TVアニメ」というファン以外が見る可能性が高いもので「コンテンツに対する理解をしろ」というのはちょっと酷くないですか?という。
  • 2013-04-20
  • 水音
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[C1200] Re: タイトルなし

>>poepoeさん

その辺を露骨な形でやりきった『AKB0048』とかラスボスが「主人公たちに敗北していった者達の怨念」という『プリリズDMF』とか見ていると、結局やり方の問題なんじゃないか?と思うんですよね。
「キッズアニメと深夜アニメを比較すること自体が間違っている」と言われそうですけど、「アイドルってのは競争なんだ!」ということが子供向けですら出来ている事なわけですし。


  • 2013-04-20
  • 水音
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[C1201]

本文を読んでなるほどと思いました。

たしかに物足りない気はしますよね。ゲームではIAであったり、IUであったりの明確な目標がアニメではなかった分、曖昧なアイドル活動となって描かれたのかもしれないですね。
ただやはりアニメ化する以上765プロの女の子全員にスポットライトを当てなければならないから、こういった視聴者が馴れ合いと受け止めてしまう作品になってしまうのは仕方のないことだと割り切って見てましたね〜。
なんか当たり前のこと書いただけですけど…wまぁ何はともあれ劇場版に期待しましょう!
  • 2013-04-20
  • ちょめちょめ
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[C1202]

アニマスは終盤で、美希から投げかけられる形でライバルとして競うことが取り上げられ、それを否定してますからね。
競争を完全否定したわけではないものの、作品内正義としては「みんなで仲良く」の方が上位にあることが明言されたわけです。
これは放送時にも賛否両論だったと記憶していますが。

どなたかが言っていた、アニマスにはファンの存在が感じられない、という意見もこのへんにつながっているのでしょうね。
一番大事なのは仲間で、そしてアニマスではそこだけがとにかく強調されて取り上げられていましたから。

ただ個人的には、こういった「ショービスものとしての正論」を(おそらく)意図的に否定したアプローチは面白いと思いますし、とても楽しめました。
  • 2013-04-20
  • 名無しさん
  • URL
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[C1203] はてブ経由でたどり着きました。

質問があります。
アニマス終盤23~24話の展開は水音さんの定義に当てはまらなかったということでしょうか?
其処までの溜めとして中盤までは露骨な競争描写が避けられてた可能性もあるのではと考えます?
その反動もあって23~24話が視聴者に与えた衝撃も大きかったと記憶しています。
(こういうのは俺の見たいアイマスじゃないという声も確かにありました。
 衝撃の大部分は別の理由と思いますが)

[C1204]

「アニマスはアイマスガールズのトークやライブのアニメ化 」と書いた人です。

アニメを視聴するのに、仰る通りアイマスというコンテンツの理解は不要だと思います。
しかし、考察するためには必要ではありませんか?

『理解していてわざと無視している=アイドルとして描く気がないとしか思えない。』
と書かれておりますが、「では、なぜ描く気がなかったのか」を考察されていないように感じます。
そしてそれをするには、「アイマスの背景」を理解する必要があるのではないでしょうか?

例えば、アイマスはアニメ化するずっと前から、個々のキャラに熱烈なファンがいます。
一般の方も視るといえども、メインはやはりアイマスファンの方々です。
その方々のニーズに応えるには、期待を裏切らないためにはどうしたらいいか?
ファンの方々が楽しめ、かつアイマスを知らない人にも楽しめるにはどうしたら良いのか?
その考察をしていくと、「ショービズ業界の描き方」をしなかった理由が見えるのではないでしょうか?
これ程しっかり考察されているのですから、この考察もあってはよかったのではないか、と感じました。

水音さんの仰る通り、「アイドルアニメ」の一つとして捉える、確かに「ショービズ業界の描き方」がなされていないと思います。
一方私は、アニマスを「アイドルマスター」の一つとして捉えることで、大変満足しました。
アニマスを「アイドルアニメの一つとして視ること自体がズレている」と申しましたが、
「空いてる時間にまとめて消化したアニメ」と「アイマスファンとしてみたアニメ」の違いからくるものだと思います。

『「女の子が頑張る青春モノ」として見ればアニマスは出来がいい』と水音さんも仰っていますし、そういった視点の違いが今回鮮明に表れたのかな、と感じました。

[C1205]

お聞きしたいのですが、アニマス最後の方の春香と美希の主役の獲り合いについてはどのようにお考えですか?
また、水音さんにとってアイドルとはなんでしょうか。
本当にアニマスではそのアイドルらしさを感じることがでなかったのでしょうか。

私にはアイドルとしての覚悟や立場を全く描かれていないようには見えませんでした。全員というわけではないし、緩く見えた部分がほとんどでしたが、そこは映画に期待します。
  • 2013-04-20
  • さめ
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[C1206]

>>ちょめちょめさん

群像劇として描くという手法もあったと思うんですけどねー。
それはそれで食い足りない物があったかもしれないですけど、まあ今さら行っても仕方ないので劇場版がどういう筋立てでくるのか気になるところです。
脚本は高橋龍也ですしね。

>>アニマス終盤

仰るとおりで、確かに「終盤で美希と春香が同じ役をめぐって競い合う」という物語展開が挿入されるものの、それについては「仲間だから」で否定されてしまっており、「本当に役がほしいのか?」とすら思うわけです。

>>ファンの視点

この辺りについては律子回なんかが顕著なんですけど、あの回って律子のファンが居て「お前のやってきたことは無駄じゃなかったんだよ」というメッセージになるのはいいんですけど、多くのファンは竜宮小町を目的にしてやってきているわけで「律子が暖かく迎えられる」というのはちょっと作劇的に力技過ぎて、ファン側の視点が抜け落ちているかなーとも思います。

>>WAOさん

先程も書きましたけど、23話・24話では確かに競争主義としての側面を取り上げているものの、結論としてはその競争社会を否定しているんで、個人的には「本質から目を背けているようにしか見えない」という感想になります。

長くなりそうなので一度切る。


  • 2013-04-20
  • 水音
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[C1207]

>>1204さん

アイマスには根強いファンが居ることは十分理解してますし、今回のアニマスについて錦織監督やスタッフ陣が細心の注意を払って映像化したことは十分理解しているんですけど、「人間的な魅力」を描くだけで留まっているのが何とも惜しいと思っているわけです。
ただこの人間的な魅力について、ファンの見解とスタッフの見解がずれていなかったところはもちろん褒めるべきところですし、そこに関してはよくやった!というべきで、この辺りは好きな所ではありますね。

>>さおさん

先程も書いたとおり、「競争社会であることを示唆しておきながら、仲間であることが何より大事、という価値観に物語を着地させている段階で、ショービズ業界というものの理解に対しては疑問が残る」というところになります。>23話・24話

また俺の考えるアイドルやスターというものについては『プリティーリズムディアマイフューチャー』の感想でも触れてるんですが、「間違った綺麗事をそれでも正しいことだと叫び続ける事を使命とする存在」ということになりますし、アイドルというのはショービジネスの一つですから「自分がステージに立つ為に相手を蹴落としていく事を理解してないといけない」と思っています。
まあ前者は俺の価値観なのでともかく、後者についてはアニマスではその辺の覚悟や立場は描かれていないと感じているからこそ、「おかしくないですか?」というこの記事を書くに至ったわけです。
  • 2013-04-20
  • 水音
  • URL
  • 編集

[C1208]

回答ありがとうございます。
> 「ショービズ業界に身をおくもの=プロとしての自覚と覚悟」が一切描かれていない
については作中で歌プリのところで書かれている「キラキラ輝いてる」的発言もしてた美希が主に受け持っていたということなのかもしれませんね。
竜宮に選ばれなかったという挫折から立ち直ってアイドルをがんばるという主人公的展開もやってますし。
そういえば「竜宮に選ばれなかった」ことを悲しむ描写は春香の台詞でもすこしありましたっけ。

[C1209]

度々すみません、1204です。

水音さんは、「アイドル」マスターだから「アイドルアニメ」だと捉えていらっしゃいませんか?
「アイドル」が出ているから「アイドルアニメ」だ、というジャンル分けはあまりにも早計ではないでしょうか?

私はそもそも、そのジャンル分けが間違っていると思います。

アニメはDVDやブルーレイ等の関連商品が売れてこそです。
そのためには、顧客のニーズに応える必要があることには、異論を挟む人はないと思います。

推測ですが、「アイドル同士の競争」は水音さんの仰る「アイドルアニメ」に期待されることであって、
「アイドルマスター」には期待されることではない、と判断した。
先ほど述べた、熱烈なファンの存在や、アイマスガールズ等、おそらく様々なニーズを考慮した上で、敢えて「アイドル同士の競争」を入れなかった。

「人間的な魅力について、ファンの見解とスタッフの見解がずれていなかった」ことからも、
初めから、水音さんが仰る「アイドルアニメ」ではなく、「女の子が頑張る青春モノ」として作っていたことが伺えます。
そのジャンル分けの誤りが、私が最初に申し上げた、『アニマスの見方を間違っている』ということです。

それはお酒で例えると、ワインのある銘柄(ボジョレー・ヌーボーとか)を、敢えて日本酒というジャンルに分類し考察している印象です。
同じお酒ではありますが、それは間違っていますよね?

それが、アニマスは「アイドルアニメ」として捉えること自体がズレている、というのが私の見解です。

もし、それでもアニマスは「アイドルアニメ」である、と仰るなら話が平行線になるだけなので、これ以上はやめておきます。
しかし『アイドルアニメとして見れないのではないかという結論に至った』と冒頭で仰っていることから、
ご自身でも既に「アイドルアニメ」ではない、と認識していらっしゃいませんか?

以上、大変長文になって失礼しました。
お付き合いありがとうございました。

[C1210]

記事内容と同じようなことを友人と話していて、
友人は「アニマスはアイドルアニメじゃなくて、キャラアニメだから好きになれない」と言い切っていました。

一つプロデューサーという「視聴者用の感情移入対象」が用意されているのは他とは違う点かなと。
他アイドルアニメはセルフプロデュースみたいな形で視聴者は箱庭を眺めてる、
もしくはアイドルキャラクターに感情移入させる作りになっているのに対し、
アニマスはハーレム系アニメと同じような構造ですのでああいった形になったのかなと思います。

[C1211]

初めまして、記事読ませていただきました。
興味深いものなのでコメントさせて頂きます。

アニマスと他のアイドル作品の差。
それはプロデューサーの有る無し、もしくは重要性が問題なのではないでしょうか。
また事務所という存在の大きさもあると考えています。
アイマスでは仕事をとるなどの作業はPが行いアイドルはそれに向けてオーディションやレッスンなどの現場作業をしてますが、うたプリなどではその辺のPの仕事もアイドルがやっているよう感じられます。
その辺の差異を考慮する必要があるのかもしれません。

身内でのライバル意識について。
現実のアイドルで考えて行くと。
椅子取りゲームと例えてらっしゃいましたが、AKBなんかは顕著に見られます。総選挙など目に見える形での争い。これが身内でのライバル意識を盛り上げているんだと思います。
それに対し、ハロプロなんかは身内での争いは見せてないように感じます。全員でライブをしその後、身長ごととかで組み合わせたり、人気がある人だけで組ませるっていうよりはバラけさせてるように思えます。ジャニーズもそんな感じではないでしょうか。そういった事務所の方針ではライバルよりは馴れ合いに見える描写が目立つのではないでしょうか。

アイマスはアニメは最近ですがアイマス自体が形作られた時期を見るとハロプロの影響濃い時代だったと思います。
それに対し、他に挙げられたアイドルアニメはプロット時代が最近のものでAKBの影響が強く出てるんじゃないかと思います。
また、アイマス以前の作品についてはガラスの仮面などから主人公が嫌がらせを受けながらも懸命に前進するという構造から影響を受けたものが多いのではないでしょうか。
そのため執拗に他者との衝突を描くというものがあるのでしょう。
この構造が当てはまるカレイドスターなどはそもそも椅子が限られしかも身内にしか無いため主要人物同士の衝突を描くのは避けられないのでアイマスとは前提が違ってくるのかもしれません。
アイマスでは765以外の事務所はそこまで主要ではない上、所属するアイドル全員にスポットを与えようと思ったらますます他事務所が排他的になるのでしょう。キャラ紹介的な話だけで1クール使っちゃいます。
竜宮小町のメンバー選びもアイドルの身長のくくりで生まれたミニモニと似たような感じもありますし、用意された椅子に座るさいに、特に身内であれば、競争が発生しないケースもあるんでしょう。
ハロプロは特殊なのかもしれませんが、そこから恐らく影響を受けたアイマスも他とは違うのかもしれません。
いずれにせよ、どの作品がどの時代性のどんなものを反映したのかは重要な気はします。

それとアイマスではPが仕事をとってきてるので身内で争わないように避ける方が様々な仕事に手を伸ばせたり事務所的に現実的なのかもしれません。
アイドルが自身でP作業もやってる作品の場合目をつけた仕事をやろうとするから身内でかち合うこともあるんでしょうね。
多分それらが身内でのライバル意識の違いなんじゃないでしょうか。
アイマスでもお互いを意識はしてましたし、商業的なライバルとしてはPと律子さんの方に多少描かれてた気はします。

他事務所に対してのライバル視ですが、これもアイマスではまず仕事をとってくるのがPなので「ウチでやりたいって!」意識はPが受け持ちます。
アイドル達の意識は作品として成り立つよう、その気持ちに応えよう、それに向けてレッスンに励もうという方に向いて行きます。
プロとしての意識もその中で役割分担が行われてるんだと思います。
なのでアイマスでのアイドル達のプロ意識は持ってきてくれた仕事を絶対成功させるっていう方を強く描写してるんじゃないかと思います。
他事務所との競争意識があまり感じられなかったのはPの部分がそんなに描かれなかったっていうのが大きいかもしれませんね。
その点でショービズ業界の競争という意味での描写は少なかったかもしれませんね。
そもそもショービズ世界での競争というものがアイドル本人によって行われるのか、もしくはその裏の事務所全体として描くべきなのかで変わってくると思います。
アイドル個人主義の100メートル走なのか事務所単位のシンクロナイズトなのかってのもありますね。
シンクロでも選手選別とかがあるとは思われますが、選手が人数ギリの場合そんな事も言ってられないので全員参加となるのでしょう。
アイマスは駆け出しの事務所でしたしみんなでって意識の方が強かったのかもしれません。
みんな活躍させたいってのがPのスタンスでしょうし。
アイドル自身が必ずしも他人との競争だけで成り立ってるわけじゃないってのは思います。
ステージに立てなければ存在してないって事はステージに立ちさえすればアイドルとして存在してるってわけで。
アイマスではそのステージを用意するのがPでそれに向けて励むってのがアイドルの役割だったんだと思います。
ステージを勝ち取るのはアイドルの仕事では無かったんじゃないでしょうか。
競争するのがアイドルの本質では無くそこはあくまで過程であってステージで歌うのが(もしくはそれに相当する仕事をするのが)アイドルなんでしょう。

個人的にショービズの業界を描いてないというのは頷けます。
この作品は現実のアイドルのイメージビデオみたいなものかもしれませんね。密着取材の写真集みたいな。
そういう意味ではとてもアイドル作品だと思います。
作品について改めて考え直すきっかけになりました。ありがとうございます。

[C1212]

馴れ合いになれすぎてしまって
競い合うっての忘れてましたわ。
椅子取りゲームを一番やってたのは961側だったのではと思いますね。765にはその自覚も覚悟も見えませんでしたが。
アイドルもののアニメとしてはどうなの?というのは納得ですわ。
アイドルマスターってゲームのアニメ化でしかありえず、アイドルものとしては微妙ですわね

[C1213]

ご回答頂きありがとうございます。
なるほど、確かに結末だけをみると、アニマスは疑問を抱くに至ると思います。
ただ、キャラクター視点では、同じ事を言うようですが美希などが「自分がステージに立つ為に相手を蹴落としていく事を理解して」います。
ですので、全くないと否定するのは疑問に思います。
  • 2013-04-20
  • さめ
  • URL
  • 編集

[C1214]

難しい話ですね。
個人的にはアニマスを
アイドルの仕事を主題に置いたアニメとは
捉えてなかったので。

それこそ水音さんの仰る通り、
各キャラクターのエピソードを描いて
「女の子ががんばるアニメ」として捉えていました。

アイドルが出てくる以上は仕事に対する心構えや対立に
主題を持っていかないといけないのですか?

[C1215]

ユーザーが偶像を求めていてショービズを求めていないからだろう。
  • 2013-04-20
  • やす
  • URL
  • 編集

[C1216]

同意するわ
あの方法論なら2クールも要らないし
観てて面白くはなかったわ。キャラ人気におんぶに抱っこって感じ
それで売れてるのだから成功なんだろうけど
作品評価は平均以下だわね
  • 2013-04-20
  • ななし
  • URL
  • 編集

[C1217]

今のアイマスにはTHE愛DREAMLOST分が足りない

[C1219] AK

大本のゲームからの構造上主役・脇役とかの優劣がメインキャラ内であまりはっきり区別出来ないし、
結局自分が選んだ好きなキャラやメンバーがゲーム内とかじゃ主役になるという問題があるわけで。
いわゆるオールスター物みたいなやや強引なくらいの平等化が求められる構造上の都合故にこういう風に作ったのかもね。

そこで勝敗が付きキャラに明確な公式としての優劣が付いてしまう構図を提供したらどうなるかは既に明らかでしょうし、主役をまとめたような種類の作品の宿命ですかね。

[C1220]

>>1204さん

まあ俺がアニマスに「アイドル要素を用いた何か」ではなく「ガチのアイドルものを求めていた」というのは間違いないですし、今アニメ化するならああいう文脈になるのも理解できるんですけど、「もうアイドルじゃなくていいじゃん」という筋立てになっていたのは正直どうにもつらいものがあるという話ですね。
あれはあれで評価するべきところはありますし、ライブシーンで3Dアニメをトレースしているとか技術的にも面白かったわけで。
ただまあ昨今のアイドルアニメブームに乗っかって、「アイドルアニメの一つ!」みたいに数えられると「いやいや」と思うのがアイドルアニメ好きの辛いところです。

>>1210さん

視聴者→プロデューサー→アイドルという図式は確かにアイマスだけの物語構成で、視聴者との関係性を考えていくとハーレム構造に近いという意見には同意ですね。
「感情移入装置としてのプロデューサー」というのはある程度意味があるものだったと思うんですけど、後半からその感情移入装置としての存在意義が薄らいでいったというのは気になるところ。


>>1211さん

プロデューサーのお陰で、対立すること無く高めあえるという見方は確かにアイマスならではのものだと思うんですが、そうなってくると今度は終盤で美希と春香を競い合わせたのがわからないんですよね。
「プロデューサーが仕事を分配し、対立せずに一緒に頑張る」という構図を形成していたのにもかかわらず、終盤では「互いに対立する」という構図を作り出している。
この辺りの一貫性の無さは個人的には凄く気になるところでして、ステージに立つことが目的ではなく、観客を楽しませることが目的なのだとすると、あの終盤で競争社会として描写したのは力技すぎるんじゃないか?と思うわけです。

>>1212さん

961プロはそういう「ショービズ業界のお約束」みたいなことをやるためにいたような存在な気もしますね。
早く俺もJupiterメインのアイマスがやりたいw

>>さめさん

美希だけが理解しているというのはいいんですけど、それが一度否定されてるつーのが何とも。
まあこの問題、「アイドルとは何か?」ということをきちんと定義付けてもらわないと、「漠然とした何かになろうとする」という曖昧な物語になってしまう!という話でもあるんですけどね。
英雄ってのはさ、なりたいと思っちゃ駄目なんだよ。みたいな話です。

>>1214さん

主題にしろ!というわけではなく、「プロとしての意識や自覚というものの描写が抜け落ちているのはどうなのよ?」という話ですね。
さらっとでも描きようは合ったと思いますし、既に覚悟完了しているものとして描くことも出来た。そういうさりげないことをきちんとやって欲しかったわけです。

>>やすさん

偶像を求めるのは勝手だけど、作劇手法として違和感を覚えた、という話ですわい。

>>1216さん

スタッフの豪華さで見ていた部分はあるけど、連続したシナリオで見ていくと全然ステップアップしている気がしないというのはあるよね。
なんか成長してないの。要求されているステージは上がってるのに。
同じ事をアイカツでは1クールちょいでやりきっててひっくり返ったのだわ。らぶゆー。

>>1217さん

まあ引っかかる人間の方が不器用なんだろうなーというぐらいにしておいた方が良いのじゃないかと思いますわ。
『ブラックスワン』大好き!



ついでだから反論しておきますけど、「アイマスはハロプロ以前のアイドルの影響をうけているので、AKB以降の作品と比較されても」という人は、『きらりんレボリューション』『アイドル伝説えり子』『レモンエンジェルプロジェクト』などなどの「それ以前の作品群」でもきちんと描かれている内容だし、河森正治を例に出して悪いが『マクロス』シリーズでもきちんとやられていることだというのは理解しておくべきだと思う。
だって『マクロスF』なんて最終的に二人で歌ってるけど、二人の歌姫が互いに競い合ってるし、シェリルはランカに対してプロとしての心構えも解いてるんだぜ!
  • 2013-04-21
  • 水音
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[C1221] Re: AK

>>AKさん

アニマス以外の作品群があくまでグループアイドルとして描くつーのはその辺りが理由かな―とは思いますねー。
まあグループアイドルの中でも「人気」という競争はありますけど、それこそ本人の関係無い所で行われている競争なわけですし。
  • 2013-04-21
  • 水音
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[C1222]

>そうなってくると今度は終盤で美希と春香を競い合わせたのがわからないんですよね。

ここは、「あえて」入れてきたんだと思いますよ。作中で否定させて「アイマスはそういう話じゃないから」というのをアピールするために。
これが、視聴者へ安心してもらうための、悪く言えば媚びた姿勢なのか
それとも、ショービズ物の定石、悪く言えばベタなテンプレには乗せないよ、という挑戦的な姿勢なのかは分かりませんが。
  • 2013-04-21
  • 名無しさん
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[C1223]

記事を読ませていただいた少し考えてみたのですが、おそらく
「ショービズとしての側面はアイドルものを体現する重要な要素だが、10年選手であるアイマスにとってはかつて通った道だった」
という事なのではないかと思います。

アニメ化で新規層を取り込もうという話になったのなら、リセットをかけるためにその点に向き直ったのだと思うのですけど、明らかにそういうつくりではなく、ファンに受け入れられる事が第一の目的だったので、あのアプローチになるのは、自然な成り行きだったんじゃないかなぁ、と。

例えば、今から5年10年後まで(未見なのですが)ラブライブやアイカツが続いて、再アニメ化!みたいな事になったら、きっとアニマスと同じ様な感じになるんじゃないかと思うし、現在の新しいアイマスであるモバマスやグリマスがアニメ化するならば、おそらくショービズ視点の話が盛り込まれるんじゃないかと思います。

[C1224]

水音さん>
1211です。駄長文にご返信ありがとうございます!

まず、アイドルはステージに立つことではなくステージの上で何がしたいか、どうありたいかっていう目的のために行動する事が一番大事だと思います。ステージに立つっていうのは手段でしかないと考えております。

それを踏まえまして。
今まで身内での争いは無かったのに終盤では「互いに対立する」という構図を作り出している。
確かにその点で一貫性は無いように思えるかもしれまえんね。
アイマスは一話完結形式ですし、話ごとに主題が違うのかもしれません。
23、24話では競争を描きたかったのかもしれません。

ただ、あの話はそうではなくて、もし自分のアイドルとしての理想が、春香で言えば「みんなとステージに立って歌うことファンに歌を聴いてもらいたい」というのが何らかの壁にぶつかった時にわからなくなった。それをもう一度見つめ直すって話だったように感じられます。
この時の壁としてライブ以外の仕事量の増加や美希とのぶつかりあいが用意されたんじゃないでしょうか。
構造としては「誰より抜きんじてステージに立つ資格を得るという他人と自分との関係の描写」より「自分の中の理想や目的となにかすれ違っていく現実への葛藤という自分の内面の描写」がメインだったんだと思います。
他の話も他者と自分というよりは自分と自分の内面に主題を置いてるものが多い気がするのでそういう意味で一貫せんはあるんじゃないかなぁと。
ただ全部ではないですね。
真回とかは理想と現実のギャップに悩んだりして答えを見つけつつありましたが、貴音や響回は…って感じではあります。

あとかち合った理由として、
「プロデューサーが仕事を分配し、対立せずに一緒に頑張る」の話ですが事務所としてはもともと二人に主役まではやらせようとは思ってなくて、そしたら以外に優秀で主役争いになったんじゃないかという考えもできます。

水音さんは「ショービズ業界に身をおくもの=プロとしての自覚と覚悟」が描かれていないからアイドルアニメとしては見れないと冒頭でおっしゃていますよね。
文章やコメントを読ませて頂くと「プロとしての自覚と覚悟」というものがなんとしてもステージに立つ事、その気持ち、それに伴う行動という解釈でしたがよろしいでしょうか?
僕もそれは非常に大事だと思います。
ただ、オーディションに受かり、ステージに立つことが決まったらそこで終わりかというとそうでは無いですよね?
ステージに立つ事は決まったし後は適当に歌って踊ればいっかーではコイツ…って思っちゃいます。
今度はそれに向けてもっと練習したり、最高のパフォーマンスをしたいという気持ちになると思います。
それも「プロとしての自覚と覚悟」ではないでしょうか?
アイマスではステージに立つことが決まってからが出発という構図が多い気がします。
そのステージに立つ上でどうするか、どうしていくべきかという事がメインになってると思います。

多分他のアニメと出発点が違うので意識にも差が出てくるとは思いますが、与えられた仕事に対して「プロとしての自覚と覚悟」を描こうとしてるんじゃないですかね?
仕事をとりにいく時の姿勢ではなくて。

どいうアイドルになりたいか?アイドルとしてどうしたいか?っていう自分の目的を描いてくのがアイマスなんじゃないでしょうか。

[C1226]

>>1222さん

ふむ。
この辺りに関しては本当に微妙なラインなんですよね。俺は納得できてないけど、納得できている人もいるわけですし。

>>1223さん

そういう「文脈依存の容赦」というものに完全に甘えてしまうというのも個人的にはどうかと思いますし、アニメを初めて見るような人間に対する配慮に欠けるんじゃないか?とも思うのです。
ましてやアイマスは十年間愛され続けてきた作品なわけですし、そういう十年の重みによる「文脈」に甘えていい作品だとは思えないわけです。
俺はラブライブ好きだと公言してますけど、『ラブライブ』という作品だってアイマスと比べれば短いですが三年の年月がある。
その年月の重みと文脈に依存したアニメ化だって出来たはずなのに、スタッフはそれをせず一本の作品として誰もが楽しめるように作品を組み立てていった。
それこそが本当の意味で「ファンに対して真摯に向き合う」ということなのではないでしょうか。

>>1224さん

なるほど。24話のあの展開は内省的なテーマだったというのは確かに納得がいきますし、他のキャラクターについても大体そういう内省的なテーマだったというのも同意です。

また「ステージに立った後、観客を楽しませよう」というのも確かに「プロとしての自覚と覚悟」ですし、そこについてはアニマスはきちんと描けていると思います。
そこについてはほぼ満点といってもいいと思うんですけど、「それも大事だけど、ステージに立つという事それ自体の本当の意味を描いてほしかった」というのが俺の主張になりますね。
何度も言ってます通り、俺自身はアニマス自体は嫌いではないですし、面白いとは思ってます。


  • 2013-04-21
  • 水音
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[C1227]

>>それこそが本当の意味で「ファンに対して真摯に向き合う」ということなのではないでしょうか。

アイマスの三年目というと、ゼノグラの辺りですか。あの当時なら、ゼノグラじゃないアニメ化なら、アイマスも直球勝負したんじゃないでしょうか。

三年と十年はかなりの差があると思いますよ。
三年だとおそらく最初期のファンがあだ支えてるけど、十年はもう二世代程ファン層の入れ替わりを経験してる位の年月です。

そりゃガンダムもGガンになります。(あっちはもっとかかってるし、Gガンは単体でも完成してるなどの話はあるでしょうが)

もしアイマスがさらに10年続けば、原点回帰でそちらに揺り戻すんじゃないですかね。

これは制作側の文脈への甘えという話じゃなく、コンテンツが展開するというのはそういう事なんじゃないかな、と思う次第です。

変質が嫌だって人は当然たくさん出るのだろうけど、それはそれで仕方ない事なのでしょう。
そういう意味で、確かにアニマスはアイドル物としては勝負してないですけど、それが良くないともあまり思えない、って感じです。

[C1228]

水音さん>
1211,1224です!
僕が気になったのはアイマスは本当に「プロとしての自覚と覚悟」の描写が無かったのかなぁ?って事だけなのでそこの意見が交わせて良かったです。

水音さんが「アイドルアニメ」に何を求めるかはそれこそ個人の自由ですし、ステージに立つことの意味(そこに上がれなかった人がいることやその重さなど)は描かれてないか、あったとしても希薄であったのも実際そうですし、そこが水音さんが求める「アイドルアニメ」としてはどうなの?と思うのも異論はありません。
人の趣味嗜好にとやかく言うべきでは無いと思いますし。
それにもちろん水音さんのアイマスへの好意は疑っておりませんので!

あのわかりづらい長文を読んで意図を汲んでくれた事大変嬉しく思います。
このブログのようにわかりやすい書き方(賛成にしろ反対にしろ意見のしやすいような)ができれば良かったのですが。うらめしいです

[C1229]

>理解していてわざと無視している=アイドルとして描く気がないとしか思えない。

実際、アイマス作ったディレクターが「現実の弱肉強食のアイドル像を描く気はない」と明言してきているので、アニメ版もそれにならっただけかと。

現在のアイマスは「あくまで女の子を鑑賞するゲームであって、アイドルシミュレーションゲームではない」という方針をぶらさず人気を保っている以上、今さら軸をぶらすのは誰得になっちゃうでしょうね。
  • 2013-04-21
  • 利根川
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[C1230]

>アイドルである女の子を「アイドルとは何か」を描かずに描けるはずがないと思うのです。
いや別に女の子として描くだけならそれでいいんですけど、それならアイドル設定いらないですよね?

テイルズオブシリーズやFFシリーズ、ロードス島やD&D
それら「中世ファンタジーもの」って、全然中世をリアルに再現していませんよね。
魔法のあるなしは置いといて、路上は糞尿であふれてませんし、村間の移動を個人レベルですいすい行うし、騎士とやらが謎の騎士道精神にのっとった正義の行いをしています。

これに対して「中世を描いていないなら、中世もの設定いらないですよね」っていうのは的外れ。
アイマスも同様では?
  • 2013-04-21
  • シオン
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[C1231]

ナントカを描けてないとナントカじゃないとか、
意味がないとかというのはどうも了見が狭いというか、
老害的な思考じゃあないの?と思ったりもしますね。

アニマスはアイドルマスターの世界観をよく描いてたと思います。

[C1232]

>>1227さん

これは何回も書いてますけど、俺は「アイドルアニメとしては色々気になるところがあって見れない」ってだけで、特に問題があるとは思ってないですからね。

まあ十年後というわけではないですけど、アメコミで言うところのリボーンとかその辺りの試みが行われた時に「どうなっていくか」というのはたしかに気になるところです。

>>1224さん

いえ、俺の方こそ意見交換が出来て楽しかったです。

>>利根川さん

なんかそういう意味では「キャラクターコンテンツとしてのアイマス」であって、「ゲームを原作とする一連の作品群のアニメ化ではない」と認識し直したほうがいいのかもしれないですな。

>>シオンさん

作劇の話に舞台設定や世界観の問題を持ってこられても。
俺のしている話というのは「理由付け」や「理由に対してどの程度強い思い入れがあるのか」ということなので、「中世物でリアル中世と違うことは特に問題にならないよね?」と言われても「それとこれとは違う問題だ」としか返せないんですが。

>>1231さん

別に俺はアニマスをアイドルマスターの世界観を描けていないとは言ってないんですが。
ただ「アイドルを描いているようには見えない」と言っているだけで。
  • 2013-04-21
  • 水音
  • URL
  • 編集

[C1233]

プリティリズムやアイカツは販促番組の意味合いが非常に強く、作中での競争はなりきりを含めたゲームプレイを想起させ、『友達同士でライバル』や『仲良く競い合う』ことを描写するのは主体視聴者層となる子供達への教育的な意味合いを持たせての描写だと思いますし、スポンサーからの要求でもあると思いますので、ラブライブとアイマスを比べることと同じくらい、意味がないと個人的には思っております。玩具を売るための番組と、円盤を売るための番組では求められる手法がまったく変わってきますから。

ラブライブは、視ていないので言及は避けます。

アニマスにそういった描写がないのは原作にも競争描写が殆ど存在せず、また明確な競争相手を事務所内外にした2がファンに不評だったことがあると思います。狙った層にそっぽ向かれる可能性が高い要素を排除した、と考えることも出来ると思います。実際同事務所の別ユニットとして登場する竜宮小町とはアニメ版では合同ライブはあっても対決は一切ありませんでしたし。
アイマスはアニメに限らず複数タイトル刊行されている漫画でも事務所内での競争等は描かれていませんし、基本的にアイドルがトラブルに直面して成長する部分だけを描いています。

先述した2タイトルが『スポンサード商品を売るため』に作中に競争描写を取り入れているのに対してアニマスは『ファンにDVDを売るため』に作中からファンの望まない要素を排除したということだと思います。
要するに、アニマスは『アイドルアニメ』ではなく『アイドルマスターのアニメ化作品』というアイドルアニメの文法には当てはまらない代物なんだと思います。

[C1234]

>>1233さん

「BDが売れないと何の意味もない」というのも同意ですし、「アニマスがアイドルマスターのアニメ化作品」であることにも異論を挟む余地はないんですけど、この話というのは「対決すればアイドルアニメになる」という話ではなく、「ステージに立つものとしての自覚や覚悟について描いてないよね」という趣旨になります。
これについてはアイカツやプリリズだけではなく、多くのアイドルアニメやショービズ業界を描いた作品でもきちんと存在していることですし、単発でアイドル要素を取り上げている作品ですらその事は描かれている。
だから「アニマスでは描けてないよね」という話になりますし、同じ深夜アニメでファンが多い作品として『うたプリ』がありますけど、『うたプリ』でもそのことは触れられている辺り、「円盤が売れないと意味が無いから」というのはちょっと苦しいんじゃないかとも思うのです。
  • 2013-04-22
  • 水音
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  • 編集

[C1236]

ガミPが総選挙はしないって言ったじゃない
結局のところ運営側でアイドルの篩い分けをするのは下作であるってアイマス2で身に染みたんでしょ

[C1237]

>作劇の話に舞台設定や世界観の問題を持ってこられても。

アイマスの「女の子たちはアイドルである」という舞台設定と、その再現性について語っているように見えたのですが違かったのでしょうか。すいません

リアルアイドルと同じ「理由づけ」やら「(略)思い入れ」の存在を求める様と、中世ファンタジーにリアル中世と同じ裏づけや設定を求める様が似てるなと思いまして

正直本編やコメント欄を読んでも、何に苦言(?)を申し立てているのかよくわからないんですよね。

他の方へのレスで
>別に俺はアニマスをアイドルマスターの世界観を描けていないとは言ってないんですが。
>ただ「アイドルを描いているようには見えない」と言っているだけで。

とおっしゃっていますが「ゲームのアイマスも、アイドルを描いてなんていなかったのに何をいまさら…? アイドルを描いていないゲームアイマスのアニメ化なのだから、当然アイドルを描かれるはずもない」と思ってしまいます。

本文にて、ゲーム版では「ショービズ業界に身をおくものとしての自覚や覚悟」が描かれていたという見解が書かれていますが、なんちゃってアイドル物語の風味づけ程度にしか扱われていなかったと思います。

「アイマスは風味づけすら放棄した!」ってことでしょうか??
  • 2013-04-22
  • シオン
  • URL
  • 編集

[C1238]

>>総選挙

モゲマスですけど、総選挙自体はしてますよ。

>>シオンさん

まあ大体そういうところですね。
なんちゃってかどうかというのは人それぞれの印象になると思いますけど、そういう客商売であるという意識というのがあんまり見られず、「素人が素人のままアイドルのふりをしている」としか感じられなかったわけです。
  • 2013-04-22
  • 水音
  • URL
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[C1241]

アニマスに関してはベースとなるアイマス2がそういう作品だったという事も大きいと思います。
ジュピターをただの"敵"として描き、リストラしてまで作った小町は何とも存在感のない立ち位置。

あとアイマスというコンテンツ全体としてみると、プロデューサー同士がライバル関係であるという側面も大きいと思います。

いずれにせよアイマスという作品を現状アニメ化するとああいう描き方にせざるを得なかったのかなと感じました。
  • 2013-04-23
  • えんくろ
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[C1242] Re: タイトルなし

>>えんくろさん

まー今アニメ化するとああならざるをえないというのには納得なんですけど、業界裏を描いてしまうのならそういう「客商売意識」とか「ファンの視点」というのは本当に欲しかったところ。

  • 2013-04-23
  • 水音
  • URL
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[C1246]

いらないっすよ。正に誰得です。
アイマスはファン=プロデューサーですしね。

[C1247] Re: タイトルなし

だから俺がしている話というのは作中における描写の話であって、テレビの向こう側にいる俺達=プロデューサー=ファンの話はしてない。
  • 2013-04-24
  • 水音
  • URL
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[C1248]

あと「まさに誰得」というのなら「少なくとも俺が得している」という事実を持って否定できるからな。
「誰得」という主体性のない単語をこういう場に持ち出すのはどうかと思うよ。
  • 2013-04-24
  • 水音
  • URL
  • 編集

[C1257]

先日>1233にてコメントさせて頂いたです。
うたプリ等は未見でしたので、見識が足りず不勉強でした。
水音さんお勧めのAKB0048と合わせて視聴してみようと思います。
今後の更新も楽しみに拝見させていただきます!

[C1259]

>>1257さん

なんかもうここまで来たら『0048』についても書かないと失礼な気がするので、今度ちゃんと書いておきます。
今後ともよろしくお願いします。
  • 2013-04-24
  • 水音
  • URL
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[C1306]  

平和な世界が見たいという
アイマスファンの願望を体現してると思いましたが
リアルな世界だけがいいって
どれだけ貧困なんですか

[C1307] Re:  

俺はリアルな世界だけが素晴らしいとは言っていない。
ただビジネスとして成立している芸能界を描く以上、その辺の話をすっ飛ばしてファンタジーを描かれても真面目に受け取れないし、真剣なものに見えないという話をしているのです。
  • 2013-05-21
  • 水音
  • URL
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[C1311]

アニメからアイドルマスターに入りました。団結=馴れ合いというのが、不満なように見えます。実在で、団結しているアイドルに広島発のPerfumeがいますよ? 有名になるという目標の為、売り出しているキャラに反した髪型をしない約束とかいう有名な話があります。それに、ライブをしても鳴かず飛ばず。オーディションも失敗し、しかも、地上波でなくローカルテレビとか限られたメディアの小さな仕事と言うのは、Perfumeだけでなく、春香と千早だけでなく彼女らを演じた声優さんの経験も描かれていますよ。
確かに、高木社長やPの能力補正、架空として盛り上げている部分もあるにせよ、誰もが経験するようなことが見られるのに「真剣に見えない」というのは、少し短絡的な気はします。加えておくと組織というのは、仕事をする上で、そこに所属する職員のオンとオフのバランスが重要です。だから、多少は争うことはあっても、長期的に見れば、「仲良し」で互いを認められる環境であれば、組織としては正常な状態です。例として、事務所員で旅行に行くとか誕生日やクリスマスを祝うとかです。
また、仕事の失敗を取り返すために、Pや小鳥に美樹がバックアップに回るのも、都合は良いかもしれないですが765プロの性質と現実から考えて有り得ない話ではないです。それに、構成員を競争相手でなく、あなたの言う敵と見なすのは手段と目的が逆転するし組織も崩壊します。あなたのいう現実はどうかはわかりませんが、人間生きていれば、こういった経験は意外とありますよ。
私は正直な話、アイドルマスターが有名になった切欠が、ニコニコ動画で、キャラにタッチが出来るというネタの部分で、ハーレムアニメとしてみてました。でも、プロデューサーが、自律した大人で誰もがぶち当たる壁に真剣に考えている姿勢から、評価を改めました。例として、二話目の個性とは何かというシーンです。赤羽根Pが来る前に取られた社長監修の宣材写真は、結構奇抜です。しかも、伊織たちの出した「個性」と社長の言う「個性」は結構似通っています。「個性」=「奇抜」ですが、プロデューサーと伊織たちは、それは違うと考え始める展開です。大人の視点が入り、子供たちで理想を定められるようになります。
私はアイドルマスターをアイドルアニメと見るつもりはありません。
多少は脚色された人間ドラマと見ています。だから、仕事をする覚悟や人間関係については、あなたの求めるものがいっぱいある様に思えます。所謂、アイドルの大半が十代で理想と現実の狭間に揺れるのは人間生きていれば、起こりうる話です。それを、アイドルとして争うのが無いから「リアルでない」と切り捨てるのは少し乱暴ではありませんか?

[C1312] Re: タイトルなし

いや俺が言ってるのは「あの子達がアイドルのように見えないからアイドルアニメとして見れない」という話であり、人間ドラマとしてみれば面白かったですよ。
ただアイドル活動で飯喰ってる人間のようには見えないし、芸能界という世界の描写の甘さや「団結」や「仲間と一緒に」という綺麗事を言うために理屈付けが「とにかく素晴らしいから素晴らしいんだ」以上のものには見えないから愚痴を言ってるだけで。
  • 2013-05-26
  • 水音
  • URL
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