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劇場版『空の境界』のTVアニメ化についての雑感

劇場版『空の境界』シリーズは奈須きのこが関連する作品の中では一番原作を理解した映像になっていると思っていて、DVDを既に持っているにもかかわらずBD-BOXを買うぐらいには大好きな作品なんだけど、そんな『空の境界』がヒロインである黒桐幹也と主人公である両義式に焦点を当てて再構成したものが、7月からTVアニメで放送開始するらしい。

劇場版『空の境界』の編集版が7月から放送開始

うーん。この無粋さ加減。素敵だなぁ。
映画や劇場版アニメの良いところというのは「一区切りつくところまで一気に見せられる」というところにあると思うのだが、劇場版『空の境界』シリーズというのは見事なまでに「映画館で公開されることを大前提にした作品」で、その画面の情報密度と脚本の圧縮、音響への拘りによって、奈須きのこ作品特有のあの「得体のしれないものに対する気持ち悪さ」や「人間の姿をした人間じゃないもの」というものへのある種のフェティッシュを感じさせるテキストを見事なまでに映像に落としこんでいるし、小説ではわかりにくかった部分もスタッフの原作への深い理解によりきちんと映像になっていて、そうした映像からくる面白さがたまらなかったのである。
そうしておきながらエンターテイメント作品であるということを忘れていない点も素晴らしい点で、第五章の『矛盾螺旋』などは画面の情報密度による気持ち悪さによってストレスをかけ、それをクライマックスで解放することで大立ち回りをより面白く見せているのだが、よくも悪くもこの『劇場版空の境界』というのはそうした「映画だからこその面白さ」というもので、「映画である」ということを意識して「映画でなければ無理」という方向へと尖らせまくった作品なのだ。
あの何気なく貼られた伏線の数々というものは説明されないからこそ素晴らしいものであり、そうした「何気なさ」というものが劇場版『空の境界』の最も面白いところだし、最も「映画である」ということを意識している点だと思うのだが、さてこれを今になって再編集してTVアニメ化するというのは果たしてどうなのだろうか。
いや『未来福音』のための宣伝なのだろうなーというのは理解できるのだが、問題は『未来福音』の宣伝のために「映画でしか無理な作品」というものをTVアニメのフォーマットに落としこむ事でなにか面白いことはあるのだろうか。
正直なところ「間延びするだけで、作品の良さというものを完全に損なう映像になるんじゃないの?」としか今のところ思えない。
そもそも黒桐幹也と両義式に物語の焦点を当てるとしても、作品のすべての事件に干渉し、両義式と黒桐幹也に色々仕掛けてくる存在である荒耶宗蓮の存在をカットしていて「二人に焦点を当てます」も何も。
『空の境界』という作品の全てに関わっている荒耶宗蓮という存在は、いうなればもう一人の主人公であるし、黒桐幹也と両義式の二人にとってのラスボスとなる白純里緒が直接目覚めるきっかけになったのも荒耶宗蓮だ。そんな荒耶宗蓮が本格的に舞台に上がる『矛盾螺旋』を全てカットして何が『空の境界』か。
荒耶宗蓮の話をするとゴドーワードもそうなのだが、彼もまた両義式の物語に深く関わる人間であり、そうして考えていくと『空の境界』という作品は無駄なところが一つもなくて、だからこそ「全編映像化」ということを成し遂げた事に意味があるのであり、TVアニメというフォーマットに落としこむ過程で取りこぼしている物があまりにも多すぎている。
ましてや時系列順に映像化と言われても。時系列的に最初になる『伽藍の洞』にしろ他の話にしろ、『俯瞰風景』で大体のキャラクターの関係性が既に確立された後の未来を先に見せている事で、それが構築されるまでの過程が面白いというもので、あれ単体で見せられても大して面白くないような気もする。
俺は既に原作読了済み、劇場版は通しで五回以上見ているので全く参考にならんのだけれど、『伽藍の洞』ってそういう「完成されているものがどういう過程を経て今の形に落ち着くのか」というのが面白いもので、だからこそ「両義式が寝て、起きる」というだけの話が物凄く面白い印象に見えたのだが、TVアニメで再編集する過程で前後編になった事で色々取りこぼす気がして仕方がない。
この解決策というのは『刀語』みたいにぶっ続けで見せることぐらいだが、それだとTVアニメである意味が無くなるので難しい。
俺はTVアニメも劇場版アニメも好きだが、この2つは同じアニメでも全く別の手法で製作されているものでTVアニメがそのままでは劇場版アニメにはならないように、劇場版アニメもそのままではTVアニメにはならないし、これについてどう解消してくるのかというのはちょっと期待している部分はあるのだが……。

長々と書いてきたが、現状「『劇場版空の境界』のTVアニメ化」というものには「フィルムを縦に裂くような無粋な行為」という印象しか受けないのだが、『未来福音』のためとはいえもうちょっと何とかならなかったのだろうか。
それこそ人気のある『俯瞰風景』をTVで放送するとかでも良かったような。
『未来福音』は完全に外伝なわけなのだし。

まあ劇場版の空の境界はいずれも面白い作品なので、これを気に見てほしいという部分はないでもないんだが。


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2件のコメント

[C1422] やはり矛盾螺旋は…

入ってないのですね。結局TVでは見なかったのですが、黒幕不在ですか…
まぁ、黒桐君からしたらそれこそ「荒耶が生み出したモノ共」はともかく「荒耶本人」とは全く関わりが無いですからね。黒桐君に近い視点で見る場合、式に降りかかる異質なモノが荒耶が仕込んだものでどうかは関係無い、といいますか。

黒桐君が(情報の調査以外で)非日常の出来事に首を突っ込んでいがちなエピソードで構成するのであれば、
殺人考察(前)
伽藍の洞
(式と黒桐君の現状・日常を示唆するシーンをいくつか)
殺人考察(後)
だけでも成立すると言う事なのかも知れません。

[C1423]

黒桐と式の関係性だけに絞れば、ご指摘の通り上げていただいた殺人考察と伽藍の洞だけで成立してしまうんですね。
ついでに式の黒桐への感情が見えてくる俯瞰風景はまあ伽藍の洞から殺人考察(後)までを埋めるためのエピソードとして面白いものがあるのでいいんですけど、そうなってくると「矛盾螺旋をなぜ入れた」という話になってしまう。
この辺のシリーズ構成として見た場合のおかしさは、映画としてみてきた人間にとって「あえてTVアニメという連続した放送形態に嵌めるだけの意味があるのか?」とか考えてしまうわけでして、個人的には「そこまで意味があるようには思えないし、継ぎ接ぎにしかならない」という印象になってしまうと。
  • 2013-10-17
  • 水音
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