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モデルにする事と舞台にする事というものの違いについてのメモ

「聖地巡礼」という言葉と概念が普及したことによってアニメの作品中に描かれる「実在の場所をモデルにしている場所」に対して忠実性を求めていたり、「モデルにしているだけ」なのに「この作品の舞台はここに違いない」と書いている人が散見されるが、「現実にある場所」を「モデルにすること」と「舞台にすること」とでは全く違うということはいい加減誰か指摘しておくべきではないだろうか。

そもそも「モデルにする」ということはどういうことかといえば、言い方は悪いが上っ面だけ借り受けるということであり参考にするということである。したがってどれだけ現実に存在するものに対して忠実に描かれていようとも、それは「現実にあるもの」とは「違うもの」なのだ。
これはアニメについても同じ事が言え、最近の現代劇では現実にある場所をモデルにして作劇していると見られる作品はかなり多くあるのだが、あくまでそれらの場所は「モデル」にしているだけであって「現実にある場所」と全く同じものではない。
そうして「現実にある場所をモデルにして描かれた場所」というのは現実にある場所を参考にして再構成された「だけのもの」でしかなく作品における意味というものも「モデルになっている場所である」ではなく「別の意味付け」を与えられていることが多い。
個人的には現実にある場所が作中に登場する場合、「現実にある場所」ということ以上に別の意味付けがされている事のほうが圧倒的に多いのではないかと思うところで、「モデルにする」「参考にする」ということに留めておくということで、その「場所」や「もの」に対してより強い意味を込められる、与えられるのである。
例を挙げると『ラブライブ!』における「和菓子屋穂むら」は現実にある和菓子屋、竹むらをモデルにしているのだが、あの場所は竹むらであると分かるように描写されているのだが本編中で一度として竹むらであると描かれただろうか。高坂穂乃果の実家は竹むらだったのだろうか。
そうではない。『ラブライブ!』に登場する場所はあくまで「高坂穂乃果の実家」である「和菓子屋穂むら」だった。
モデルにするというのはそういうことで、「現実にある場所」とは必ずしもイコールで結ばれない。そしてそこに対して現実に対する忠実性を求めるというのは微妙にずれたツッコミであるというしかないし、そのツッコミというのは野暮以外の何物でもないのである。なぜなら「現実にある場所」と「同じ場所」ではないのだから。
大体そんなことを言い始めたら『けいおん』の学校のモデルになっている旧豊郷小学校とあの楽器屋なんて、絶対下校途中になんか絶対寄れないわけであり、モデルになっている場所と場所同士のつながりを考えてみても『けいおん』の作中に登場する場所=現実にある場所とするのはおかしいことであるというのは分かるのではないだろうか。

これが「舞台にしている場所」だとまたちょっと勝手が変わってきて、舞台にしている場所というのは現実にある場所とイコールで結ばれる関係上、忠実性というものが求められるし、その「場所らしさ」という曖昧なものを描かなければならない。
所謂ご当地アニメと言うのはこちらの「舞台にしている」というパターンであり、「現実」とイコールで結ばれてしまうからこそ舞台に対して忠実性は求められるし、その場所だからこその意味合いというものを求められる部分は多分にあるのではないだろうか。
『ガールズ&パンツァー』における大洗がこれだけ盛り上がったのも『ガールズ&パンツァー』の舞台が大洗だったからではなくて、大洗という街をあれだけ忠実に再現し、特産品やら何やらで「大洗らしさ」というものを演出しているからこそ「舞台となっている場所」への興味が沸くのだろうと思うところだし、その『ガルパン』を見た人が持つ「大洗への期待」というものに誠心誠意答えている大洗の人達は「人を歓迎するということ」をよく理解していると思うところであるし、その活動というものはやっぱり並々ならぬ努力を感じさせる。
「『ガルパン』はそれなりに興味がある」程度の作品だった俺でもちょっと行きたいと思ったぐらいなのだから、ファンが感動するのも頷けるというものである。余談だが、京都が舞台になった『有頂天家族』が放送中なんだからもうちょっと京都市は力を入れてもいいんじゃないかと思うところであるのだが、まあ京都市だからその辺りは「今」に胡座かいて終わりでアニオタが来て楽しめる場所にする気はあんまりないんだろうな。残念だ。
話を戻す。
今の「聖地」というものは「モデルになっている場所」という意味と「舞台になっている場所」という二つの意味があって、この二つが混同されて用いられているような気もする。
前者についてはまあ「聖地」と呼べばいいと思うが、後者は「舞台」と呼んだ方がより正確であると個人的には思うところだが、ひとまずそれは呼び方の問題でしか無いので置いておく。
現実にある場所を「モデルにすること」と「舞台にすること」。
この二つの表現技法を混同して語るということは、その表現技法を用いて演出されたものに対する理解の欠けた、些か無神経な発言ではないだろうか。
「聖地」という聞こえのいい言葉を口にするのはいいし、聖地巡礼というものが文化であることは否定しないのだが、この二つの表現についてはもうちょっと分けて語られてほしいと思うところである。




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3件のコメント

[C1356]

た、たまゆらについての言及がいっさい無いだと・・
  • 2013-07-21
  • netasara11
  • URL
  • 編集

[C1357] Re: タイトルなし

最初は『たまゆら』についても書いてたんですけど、真剣に見てない作品を取り上げるのもどうもなーという理由で外しました。
  • 2013-07-21
  • 水音
  • URL
  • 編集

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