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『プリキュアオールスターズ New stage』におけるエンディングと京極尚彦について

日曜に去年の『プリキュアオールスターズ』である『NewStage みらいのともだち』がスーパーヒーロータイムで放送されるらしいのだが、京極尚彦好きだと言い続けている人間である俺はエンディングが京極尚彦絵コンテだという段階で資料として購入したに決まっている。

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(2012/07/18)
福圓美里、田野アサミ 他

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本編については公開当時の段階で既に書いており、「歴代プリキュア映画の中で一番好き」と言っているわけなのだが、エンディングについては全く書いていなかったのでここで書いておくことにする。

『プリキュアオールスターズNewStage みらいのともだち』のエンディングの絵コンテは京極尚彦が手がけており、氏の得意とするライブ演出がふんだんに盛り込まれた非常に「ライブ的」なエンディングとなっているのだが、そもそも『プリキュア』という作品においてこのような「ライブ的」なエンディングが生まれたのはどこからだと言われると、おそらく『フレッシュプリキュア!』あたりからであろう。
『フレッシュ』以前のプリキュアのエンディングにおいて「キャラクターを躍らせる」という試み自体は『Splash Star』における『ガンバランスdeダンス』で行われ、そこから『YES』においても導入されており、ある種の定番のものへと変わりつつあった。
その流れを考えると『フレッシュプリキュア!』において「キャラクターを躍らせる」というエンディングが導入されるのはシリーズ全体の流れとしては自然なものだといえるのだが、『フレッシュ』において特異だったのは何かというと、まず『フレッシュ』という作品が「ダンス」というものを中心に組み込んだ作品であったこと。そしてその「ダンス」という要素を全面に押し出すために、エンディングにおいて3DCGモデルとモーションキャプチャーを使って「3DCGでキャラクターを踊らせた」ということだ。
『フレッシュ!』においてプリキュアに持ち込まれたこの3DCGを用いたエンディングアニメは各所に衝撃を与えた、ということは今更言うまでもないことだが、『フレッシュ!』の後期エンディングが前期のような監督の絵コンテから始まったものではなく、全てデジタル映像部によって製作されたものである、ということを鑑みても凄まじい反響があったということは分かるだろう。
『フレッシュ』以降の作品においてもこの3DCGによるダンスを中心にしたエンディングが製作されているわけなのだが、そのいずれもがステージ(と呼ぶしか無いのでこう呼ぶけど)で踊っているものなのだが、『ドキプリ』までのいずれもが「ライブの演出技法」ではなく「プロモーションビデオ」的な演出技法だったように思う。
ではライブ的なもの――つまり「ステージ」「演者」「観客」というものを画面の中に存在させ、観客側として演者を見るような演出を用いたのは『プリキュアオールスターズ』という作品が生まれてからではないだろうか。
この『プリキュアオールスターズ』という作品は体裁として「プリキュア達が演じるミュージカル」という体裁になっており、観客側にペンライトを振るように促すシーンが存在するなど、「舞台上から観客側への語りかけ」そして「観客側の反応から舞台上へのフィードバック」という2つの要素を盛り込んでおり、作品内におけるクライマックスにおいて、「観客側から応援されることでプリキュア達がパワーアップないし、ふたたび立ち上がる」という演出がされている。
この演出があるためかどうかは東映関係者でもないただの一般人である俺が知るよしもないが、エンディングにおいても『プリキュアオールスターズ』は「舞台」と「観客」を同時に画面の中に描き、観客側から応援される中でプリキュア達が歌って踊るという演出が用いられており、ライブ的な雰囲気の漂うエンディングが生み出されることになった。
「観客があってこそのクライマックス」という舞台劇的な演出をアニメの中に持ち込む、というある種のメタフィクション的な手法だといえるのだが、そうしたものが生み出すのは画面の中で描かれる輝きが自分達一人一人であるという没入感であり、我々視聴者がプリキュアを応援すること=画面の中のプリキュアが応援されることに繋がるというのは奇形ではあるが、『プリキュアオールスターズ』が生み出した画期的な発明だといえるだろう。

で、『プリキュアオールスターズNewStage』の話になるが、この作品においてもやはり「プリキュアがピンチになって、観客側が応援する」というギミックは持ち込まれているし、そうした演出を踏まえた上でのエンディングという流れは本作においても健在である。
しかし今までの『プリキュアオールスターズ』と違うのは、今回のエンディングが「プリキュア達の身体能力に担保されたアトラクション的なもの」ではなく、プリキュア達が本当に歌って踊るだけであるということが上げられる。
今までの『オールスターズ』はどちらかというと、各プリキュア達の個性を登場シーンに込めるために様々なエフェクトや構図作りやポージングを行うことでそれっぽさを出していたのだが、『NewStage』においてはそれらの個性はあくまで要所で見せるものへと変わっており、どちらかと言えば動きの癖やモチーフになっているものを表示するなどでそれらの個性を出すように変化している。
これは『オールスターズ』と『NewStage』では作品自体のあり方が違い、『NewStage』におけるプリキュア勢は直近の数作ぐらいしかまともな出番がないなどわりかし不遇な扱いなのだが、これは「プリキュア全員に出番を与えるのではなく、要所でそれっぽさを出す」という方向性になっているからだと思われ、その演出意図はエンディングにおいても同じだ。
ではこの「28人と大人数になったプリキュア達全員が踊る」というエンディングにおいて各プリキュア達の個性は薄いかというと、その辺りを感じさせないのが京極尚彦の凄いところである。
このエンディングにおいて京極尚彦は「各プリキュアごとのモチーフや作劇面における中心になっているものを積極的に盛り込む」という方法、そして自身の得意とするライブ演出によってクリアしている。カメラは観客席から横に動きながらステージを撮影するし、パーツごとのアップになる演出も健在だ。
個人的には最後の腕のアップ連発の後、俯瞰視点から全員を写すように写すカットが好きだが、あくまでプリキュア達を演者として超人的な身体能力を用いることなく、舞台袖からやってきているように演出しているリアルさ加減も押さえておきたいところであるし、細かいところでは「観客側も踊っている」というところで本作における主な視聴者である子供達を描いている辺りも興味深い。
このように観客側も地味ながらも描くのが京極尚彦が用いる演出であり、「演者と観客が一体となった演出を用いる」という意味では『プリキュアオールスターズ』という作品の演出と重なる部分であり、そうした演出意図の一貫性という点において、『プリキュアオールスターズNewStage みらいのともだち』はエンディングまで見てこその作品だといえる。

そういうわけで、全世界のラブライバーや京極尚彦ファンを自称する諸兄は、日曜日の『プリキュアオールスターズNewStageみらいのともだち』を以上の理由により見るべきである。
いや本当、内容も素晴らしいのよ。具体的にはエンディングを見るだけのつもりが、うっかり本編を見てしまうということをやらかすぐらいには。
キュアエコー最高やん!

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