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『ダンガンロンパ』『デビルサバイバー2』のだらしなさについて

「泣けた」「泣いた」という感想は下の下であるということは重々承知しているのだが、『プリティーリズム・レインボーライブ』25話で泣いたという事実は変えられないので泣いたと何度でも書いてやる。
DVD買うか買わないか途中まで悩んでたが、これクラスがあと最低でも二回はあるのだと思うと視聴意欲も購入よくも俄然増すのだが、DVDの扱いはまだなんだよなぁ。4クールアニメはDVDやBDなどのソフト販売を主軸に据えているわけではないので、本放送からソフトがリリースされるまでのタイムラグが発生してしまい、感動した勢いで購入することってあんまりない。だがそれでも購入してしまう作品の場合、俺はその作品のことを一生愛する覚悟をしていると言ってもいい。『アイカツ』のDVDは買い続けてるけど改めて最初から見直してみると超面白い。次で最終話だしなぁ。

俺が名指しで貶しまくってる監督・脚本コンビである岸誠二と上江洲誠なのだが、ここ最近の『ダンガンロンパ』や『デビルサバイバー2』の二作を視聴している限り、両方とも「ペース配分をミスっていて、序盤を丁寧に描いた結果、最も大事な終盤において大味にしないと規定時間に収まらない」ということをやらかしている。
監督も脚本家も原作は大好きだと公言しているのだが、『デビルサバイバー2』に関しては俺も記事を書いていて「この結末では今までの話を何一つまとめられていない」し、原作をプレイしていればこそこの結末でよしとするのはずれている。その点に関して言うなら両者とも批評精神が欠如しているのではないか、と書いた。
あの段階では確証が持てなくて作中描写とアニメ版の物語におけるおかしさを指摘した上での批判となったのだが、『ダンガンロンパ』でも同じことを繰り返していたところを見てある程度確証を持てた事が1つだけある。
おそらく岸誠二も上江洲誠も本当に原作が好きなんだということだ。
『デビルサバイバー2』でも悪魔の描写を見ていると弱点や耐性などが原作通りに設定されていたり、スキルがあることを考えさせる描写が随所に挿入されており、その点に関しては特にいうことがなくおそらくメガテンの悪魔をアニメで表現するという観点においては上手くやっていたように感じられるし、『ダンガンロンパ』でも『オトナアニメ』のインタビューにて「モノクマコインが随所に隠れている」など原作にある要素を再現しようとしている。その点に関して岸誠二も上江洲誠も原作が好きで好きでたまらないし、その要素は可能な限り再現しようとしている。またインタビューなどを読んでいると、原作ファンに限りなく近い反応の仕方をしている辺り、「原作のファンなんです!」という部分についてはおそらく間違いなくそうで、『ダンガンロンパ』では「スタッフ全員が原作をプレイしてから製作している」と語っている通りその辺りのネタの共有の仕方という意味でも岸誠二や上江洲誠が原作が好きであるからこそこだわりをもって製作に挑んでいることが窺い知ることが出来る。
ではなぜ『デビルサバイバー2』『ダンガンロンパ』と共通する「序盤に大きく時間を割きすぎて終盤に時間が足りなくなる」や主に『ダンガンロンパ』でだが「原作のリプレイ動画」と揶揄されるような展開になってしまっているのか考えてみると、「俯瞰視点で全体を見ている人間がいないんじゃないか」としか言えないような暴走の仕方をしているように映る。
『ダンガンロンパ』なんか分かりやすい方で岸誠二と上江洲誠は「原作の表現はアニメにすると面白い」という確証を持ってやっているようなのだが、『ダンガンロンパ』にある学級裁判やリアルタイム進行するやりとりというのは行間をゲーム部分で埋められるからこそスタイリッシュに見えるもので、「それは違うよ!」はいうなれば「あなたの指摘は正解だった」以上の意味を持たない。
ということはあれの再現というのはつまり「ゲームだからこその視聴者が能動的に反応する瞬間」にこそ意味を成すのであって、受動的であるアニメという映像コンテンツにそれを持ち込むということはビジュアル的にはスタイリッシュではあるかもしれないが、その根底に流れるものまで再現しているとはいえず結果的に別物になってしまうのである。
また「序盤に大きく時間を割きすぎて終盤に時間が足りなくなる」という問題についてもそうで、『デビルサバイバー2』や『ダンガンロンパ』は導入部分に既に終盤の展開の仕込みが行われている作品だ。したがって序盤をじっくり描くことで終盤で序盤の様々な矛盾が拾われた時の「気付きの要素」が本作をよりドラマティックに見せるという意味なら、「序盤をじっくり描く」ということは選択肢には入るだろう。
しかし全体を俯瞰的に見た場合、そこに時間を割きすぎるという事は終盤なり中盤の展開を大きく端折るしかないということは容易に想像できる。「原作が好きだからこそ終盤の仕込みが行われる序盤の要素をじっくり描く」は確かにありっちゃありなのだが、全体の尺が限られているアニメというコンテンツにおいてそれをやってしまうとどこかで割りを食う形になる。
どこかで上手く調整していればいいのだろうが、『ダンガンロンパ』も『デビルサバイバー2』もその辺の処理が「終盤に差し掛かるごとに雑になっていく」という全体を俯瞰的に見ていなさ加減とそこから来る状況整理の雑さ加減からくる脚本面でのだらしのなさというのは「芸風」という枠組みに収めるには大きすぎる問題点であると思う。
もちろんアニメ作品は監督や脚本家だけで全てが決定されるわけではないし、そこにはプロデューサーの意向も絡んでくるわけなのだが、プロデューサーの意向という意味ではいかんせん岸誠二と上江洲誠と仲が良すぎる。加えてプロデューサーもファンであることから、「細部に対するこだわりすぎている」という監督や脚本家に対してのブレーキ役として機能していないようにも思う。いや正直それってどうなの?と思うわけなので、こちらとしても「自制心が無く、ブレーキをかけられない監督・脚本家コンビには、いざという時にサイドブレーキを掛けられるプロデューサーが必要」という言説を掲げるしかない。
「細部に凝りすぎて全体の体裁としてはグダグダ」ってなんかダメなオタク的な作品だなぁ、とか一瞬思ったが、これは俺の印象の問題だから適当に流せ。

岸誠二も上江洲誠も「ファンなんです!」と公言していない作品に限ってはそこまでだらしなくないし、もっといえば2クールアニメなどのある程度時間の余裕がある作品に関してはそこまで悪い監督や脚本家ではないのだが、1クールアニメという尺が短く余計な事をやる暇がない作品を手がけることになった時に、こうしただらしのなさが露呈してしまうのはちょっと問題があると思う。
来期からは『蒼き鋼のアルペジオ』を手がけるらしいが、さすがに今回のプロデューサーはブレーキかけてほしいなぁ。あの作品、いくら未完の作品だからって適当に終わられたら結構微妙な印象になる作品だぞ。
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