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『あいまいみー』の演出に見るいまざきいつきの自由さについて

去年の夏コミで出したラブライブ!本『RUNWAY』をとらのあなに委託してたんだけど、完売していた事に今頃気づいた。
夏コミで「書いてるのは俺だけだし、在庫管理が面倒なので売れ残っても知人に撒いて決着つけられる量にしよう」ということで本当に少部数で刷ったら昼頃に完売してしまうという計算ミスをやらかしたり、冬コミに合わせて再販したら今度は余ってしまったのもいい思い出。結果的に余った分は全部委託という形で欲しい人のところにいったわけで、これで心置きなく次の本を書くことができるというものであります。
あ、冬コミで出したアイカツ!一年目とプリリズRLについて書いた『スイッチオン!』はまだあるそうです。



先日BD版『あいまいみー』が発売されたわけなのだが、DVD版が発売された時には24時間耐久でずっと流していたり、夏コミや冬コミの原稿中の作業中に流していたりと色々活用していたDVD版『あいまいみー』なのだが、BD化したので改めて視聴したところ、ギャグアニメとして無類の面白さを持つ作品であることを再確認した。
『あいまいみー』を視聴していてまず気がつくのが本作における「作画」というものが非常に自由度が高いということだ。
「アニメ」というものは映像ではあるが、基本的には絵である。絵である以上書いている人間や環境的要因によってバラつきが出るもので、多くのアニメにおいては作画監督を据える事でその品質を一定以上に保っているわけなのだが、『あいまいみー』という作品を見ていくと「物凄く細かい作画」の時もあれば「物凄く粗い作画」の時もある。
作画という意味ではどちらも崩壊しているといえるのだが、『あいまいみー』ではこの「普段より細かくする作画」と「普段より粗くする作画」の両者を使い分ける事でギャグとして成立させているのである。
例えば二話の『いきがい』では「漫画を書く愛のせいで麻衣が死にかける」という展開があるのだが、あえて麻衣とミィの作画を「細かくする方向で」崩壊させることで、麻衣は真剣に漫画のせいで死にかけ、ミィは真剣にその事を心配しているように見える。

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しかしながら「なぜ死にかけているのか」ということを考えると「漫画を書いている人が近くにいるせい」という物凄く「あり得ない」上に「バカバカしい理由」である。この作画(とミィ役の内田真礼、麻衣役の内田彩の熱演)によって麻衣とミィは真剣に漫画で死にかけている。この理由のバカバカしさと作画(と声優の熱演)が見せる真剣さの間に生じるギャップがギャグとして面白くさせてくれる。
また七話「ねこひろい」では愛と麻衣を追い出したミィがアルカイックスマイルを浮かべるというカットがあるのだが、そのカットでも意図的に細かくされているのだが、こちらは二話のギャップ笑いを誘う演出ではなく、「猫の餌を食べるミィ」というオチを予想させないためのミスリードの演出として用いられている。

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また逆に作画をあえて粗くすることによる面白さとしては、八話の『原稿邪魔して牢屋行き』やあの「FXで有り金全部溶かした顔」が登場する九話の『FX』などが上げられるだろう。

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このカット(八話)では奥のミィ・麻衣・ぽのか先輩をあえて粗く(もっと言えば雑に)描写にすることで展開の無茶苦茶さと、手前にいる愛との間にある距離感が生まれている。この距離感があることで、「ミィの中身を吸い出したものの返却する愛」と「情け容赦のないぽのか先輩」という「共にミィに罰を与える側」でありながら両者の違いが出ており、両者のキャラクター性というものを感じられる大事な部分だろう。
そして細かい作画と粗い作画をあえて連続させることで、互いの面白さを引き立たせていたのが三話の『きかいのからだ』で、お絵かきサイボーグとなった麻衣の全体像を細かい作画を三カット連続で見せる事で「機械の体となった麻衣」を「何となく凄そう」と思わせる。

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しかしこの次のカットで描かれるサイボーグと化した麻衣は雑に描かれている。

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この「凄そう!」からの「雑な作画」という流れになることで、「雑なんだけど凄い」という印象が植え付けられる。しかしこれは逆に「凄いんだけど絵は雑」ということでもあり、この二つの側面を持たせることで「お絵かきサイボーグ麻衣」というギャグは成り立っているのである。

そして連続視聴していると気づく点として『あいまいみー』を見ていくと時間の使い方が面白い。
尺は三分ではあるものの、その三分の使い方が毎話とも異なっているのである。
基本的なフォーマットとしては「アバンタイトル→タイトルコール→耳から血を流しながら嘔吐する麻衣orウーパールーパーを舐めまわす麻衣→本編→ED」という構成になっているものの、アバンタイトルと本編が完全に繋がっている回や複数の話が存在している回もある。
時間の使い方という点で特徴的なのは11話『バタートランス仙人』で、この話では『日本昔ばなし』のパロディを本編でやっているものの、オチは「魚ターンアンドロールケーキ」という一発ギャグで終わっている。

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本編の大半を費やして描かれたバタートランス仙人と全く関係のない、それもバタートランス仙人がゆったりとしたテンポのストーリー構成であるにもかかわらず、最期に持ってきた「魚ターンアンドロールケーキ」の勢いのある一発ギャグはバタートランス仙人のテンポに慣れた視聴者にとってはそのテンポをあえて壊す事でギャグとして機能する。またいきなり挿入される事による脈絡の無さはEDへ至る流れの中では仕切り直しとして効果的に用いられている。だからこそEDに綺麗に着地しているのだろう。

余談ではあるが、『あいまいみー』において演出という意味ではちょっと異色なのが土手ゴンが登場する12話『大怪獣現る』だ。
この話では「怪獣に扮したミィが暴れまわり、バーナーで愛の書いた背景を燃やす」というカットがあるのだが、このカットではあえてセピア色(つまり映像フィルムっぽい色合い)がされている。

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しかしミィが吐く炎はきちんと塗られており、その炎で燃える背景を持つ愛もまた映像フィルムっぽい映像になってはおらず、それ以降のカットでは映像フィルムっぽい演出がされている様子はないのである。

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この辺と愛とミィの間で「怪獣なんていない」という台詞を考えると、少なくともこの世界の常識的な範疇では怪獣がいない扱いなのだ。カッパや森の精霊はいるのにもかかわらず!
そう考えるとこの映像フィルムチックの演出とフィルムが焼かれて燃え上がる流れを考えると、ミィがバーナーで背景を焼いた瞬間「怪獣がいる世界になった」という取り方もできるもできるのではないだろうか。というかこの回、土手ゴンが最期は夕日に向けて去っていくところとかを踏まえると無駄に怪獣映画チックな演出が多くて、土手ゴンが去っていくところに哀愁を感じる映像になっているところがたまらなく大好きだ。



というわけで、BDが発売記念定期的に見直している間に気づいたことを取り留めもなく書いてみたが、『あいまいみー』自体は間違いなくギャグアニメとして傑作である。
夏からは二期が放送決定しているわけなのだがいまざきいつき監督が「一期以上に濃い」と発言しており、どのエピソードが採用されるのか非常に楽しみだ。個人的には一度も書いたように処女厨大勝利!回と鳥痔郎命名回だが、さすがにあのへんはアウトかなぁ。『あいまいみー』だったら通りそうな気がするんだが。


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