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『神のみぞ知るセカイ』とクソゲーな現実で生きていく事について

『仮面ライダーバトライド・ウォー2』を購入したのだが、ここまで『暴れん坊将軍』こと徳川吉宗になりきれるゲームも早々ないのではないかな。
前作からして仮面ライダーらしいアクションが出来たし、スーツアクターである高岩成二の出来るアクションしかしてないようなゲームだった。ゲーム的にはそこに凝らない方が面白いとわかっているのにもかかわらず、あえて凝った事で無駄に再現度が高いゲームとなり、キャラゲーとしては文句の付け所がなかったのだが、『映画』がテーマの今回だからこそ参戦した『暴れん坊将軍』徳川吉宗は本作の中でもトップクラスに再現度が高くて笑いが止まらない。あのBGMが流れるだけならまだしも声は松平健本人が当てているし、あらゆる攻撃はすべて峰打ちだ。おまけに葵の御紋と言う技を使えばヒット時に将軍様の決め顔カットが挿入されるなど、その出来は異常なまでに高い。
あと初めて使うことが出来るシナリオが『暴れん坊将軍』そのものなのも色々と凄い再現度だ。アメイジングマイティのアメイジングマイティキックの再現度がイマイチだったりしたが、その辺を抜きにしてもこの将軍様の再現度の高さだけで評価に値する。次作辺りでキカイダーとギャバン使わせてくれねぇかな……。あるいはシンケンレッドやトッキュウ一号をですね。

今更といえば今更なのだが、『神のみぞ知るセカイ』が堂々の完結を迎えた。


神のみぞ知るセカイ 26 (少年サンデーコミックス)神のみぞ知るセカイ 26 (少年サンデーコミックス)
(2014/06/18)
若木 民喜

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「人の心の隙間に入り込む旧悪魔を回収するために、数多のギャルゲーとヒロインを攻略し、『落とし神』とまで呼ばれた桂木桂馬がリアルの女の子を恋愛で攻略する!」という一見すると色物と取られても仕方がないような導入であったが、終わってみれば「現実世界でどう生きていくのか」と言うことを真面目に考えた素晴らしいラブコメ作品であったように思う。
本作が特に素晴らしかったことは桂馬の攻略方法が「ヒロインと恋愛して攻略する」である以上、どうやっても「女の子を騙して解決している」という問題から逃れられなかったわけなのだが、そこに対してちゃんと自覚した上で真摯に向き合ったこと。そして「物語の法則にしたがって進むゲームの理論」を「現実の女の子に適応する」と言うことから発生する、「思う通りには行かない展開を見せる」ということだ。
序盤こそ桂木桂馬の考えるがままに物語が進んでいくし、彼のギャルゲー理論、ヒロイン理論はかなり的確なものであるかのように描かれているのだが、その流れが大きく変わったのはちひろ攻略編だろう。ちひろ攻略編の面白かったことはちひろは桂木桂馬の攻略理論からガンガン外れていくということだ。
ちひろ攻略編以前にも桂馬が展開を予想できない事はあったのだが、その殆どは「攻略対象の心の問題が思った以上に深刻だった」という心を読み切れてなかっただけで、桂馬が建てた攻略プランからはそれほど外れておらず、前倒しでイベントを発生させるなどしてヒロイン達は次々と攻略されていったのだが、ちひろだけはそんな桂馬の攻略プランからガンガン外れていく。いわばちひろとは桂馬にとっての「イレギュラー」で、彼女の行動はあれだけヒロインの問題をギャルゲー理論的に解体し、攻略=救済することで救ってきた桂馬を持ってしても「行動が読めない存在」だった。その辺りが本格的に展開されたのが女神編における「メルクリウスが宿っているのはちひろか歩美か」という話におけるちひろの告白だが、ここで面白いのはちひろがメルクリウスの宿主ではなかったことだ。
この段階での話では歩美よりもちひろの方がヒロインとしては女神となってもおかしくはないようなエピソードの積み方をしているのだが、しかしここでちひろを女神としないことでちひろは物語的に必然性のあるヒロインから大きく外れていく。その中で面白いのはちひろが物語的な必然性を喪失するからからこそ桂馬の中で「予想外」の存在へと変わっていく。それによりちひろは物語に縛られない「現実側の存在」となり、「『神のみぞ知るセカイ』という物語のヒロイン」ではなく「桂木桂馬の恋人」としての立ち位置を確立していく。
そんな「現実側の存在」だからこそちひろは桂馬が過去から戻ってきた後のアフターエピソードにおいて重大な存在として描かれる。彼女は「物語的な必然性に縛られない」からこそ物語とは関係ないところで発生させた恋愛感情は「物語のように美しくもなく、前振りもない展開を見せる現実世界とどう向き合うか」という本作の掲げるテーマに対する解答を発生させる重要なカギになれるのだ。
「選択肢さえあればどんなエンディングだって導ける」と言う桂馬にとってあらゆるエンディングは既に既知の情報だ。それは未来ですら変わらない。だからこそ既知の情報であっても、ドラマチックに盛り上げてくれるゲームの方向へと彼の興味は移っていったわけなのだが、そんな桂馬がちひろに会うためにもう一度戻ってくる一連の流れは彼が「何が起きるかわからないこのクソゲーな現実」で生きていくことを選択したということだ。
そして女神達もまた桂馬がちひろを選んでもなお、「ちひろとのエンディング」以外の道を求めて生きていこうとする事はそんな未来の不確定さと、不確定だからこそ答えを探して生きていこうとする者達のドラマを生み出している。
そして本作は現実をギャルゲーに見立て、女の子達を物語の従属物であるキャラクターとすることで「心を救済する」というドラマになっていたわけなのだが、この結末はキャラクターではなく人間だからこその結末だろう。
不確定な未来へ続く道を選んだ桂木桂馬と彼女達の行く先は「神のみぞ知る」のかもしれない。


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2件のコメント

[C1553] 竜頭蛇尾

今更ですが見つけたのでコメントさせていただきます
六年間付き合った挙句がこれか、というような肩透かしの最終巻でした
「物語のように美しくもなく、前振りもない展開を見せる現実世界とどう向き合うか」
興味深い一文ではありますが、あえて言わせていただければ神のみぞ知るセカイは娯楽作品であり、物語であるのです
桂馬がエルシィが歩美がかのんが栞が月夜が天理が結が第一話から生きてきたのは美しく、前フリのあるセカイなのです
そもそも単行本を購読していれば分かることなのですが、最終巻よりはるかに前の時点ですでに桂馬を主人公とした前提の前フリがいくつも用意されています
20巻190話の会話など、もし最終回で描かれたような味もそっけもない、新地獄の争いに女の子たちを置き去りにするような残酷な内容の手紙が存在したなら成立しようがありません
ちひろに会いたかった、なんて作者が天理の口に取ってつけた言い訳も一考に値しません
なぜなら24巻239話においてちひろと接触した桂馬のとった行いは進行や後悔ではなく停滞とやり直しによる修正なのです
本当にちひろとの関係性に未練やこだわりがあるのなら、むしろちひろの存在は奮起するきっかけとなるはず
ちひろ自身を大切に思うならやはり女の子たちに女神を入れるなんて新地獄の残酷な企みに手は貸さなかったでしょう
268話を前提とした場合、そこに至るまでのほぼ全話が意味のないものとなってしまう。六年間計算された、当然の帰結と強弁するにはあまりにも杜撰で稚拙なオチというよりほかありません
物語は結局何ひとつとして決着を見せませんでした。駆け魂がすべて消え去るわけでもなし、争いの元である女神たちは人間の女の子たちにとり憑いたまま、新地獄の黒幕は健在ですぐにでもまたおぞましい企みを巡らせるでしょう
ただ桂馬に『愚かしく自分の望みのために人を陥れる残酷なただの人間』という烙印が押され、物語から放逐されて連載が終了しただけ
結局最終二話がそれまで作りあげ、積み重ねてきた神のみぞ知るセカイという作品そのものの純度を落とし、作者若木民喜が神様気取りで自由に書き変えるインクの染みにしてしまったのです
物語としての完全な結末を描くことなく、不確定な未来という聞こえのいい言葉で最後を飾ったのは
従順な読者たちなら勝手に都合よく解釈し、美しいものであるかのように褒め称えてくれるであろうという作者の浅ましい計算が透けて見えます
終わってみれば重要なものはディアナ、アポロ、メルクリウスのエピソードだけで他が単なる時間稼ぎでしかなかった女神篇の構成から一歩も成長しないまま連載を終わらせた若木民喜センセイ
これから描く企画用新連載とはどんなものか見ものです

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