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『レディジュエルペット』とトップオブレディにならないことについて

『プリパラ』。ワタナベシンイチ絵コンテ回で全体としてコメディテイストは強めだったものの、レッドフラッシュの人=そふぃということを知らないらぁらが頑張ったことで、「梅干しは見つけられなかったけど、見つけるために頑張ってくれたこと」が普段はダメダメなそふぃが頑張る力になる! というのは筋道の付け具合としては綺麗だ。
そふぃ=レッドフラッシュの人と結びついていないからこそ、そふぃがなぜトモチケ交換を申し出たのか?というところに視聴者視点でわかる面白さが存在している。
またメイキングドラマというところに焦点を合わせてみると、らぁらの「最高のライブを一人一人に届けたい」という思いを再確認させたのは「誰かのために頑張れる」というらぁらのキャラクター性の再確認をした本編の内容を踏まえている。そんなメイキングドラマ・プレゼントフォーユーはちゃんと梅干しピザになっているあたりは芸が細かいというか、「他人のための梅干し探しで頑張った」というところが活きている。こういう部分は些細なことだが、物語のスパイスとしていい役割を果たしている。プリズムアクト的ではあるが、こういう物語とハマる演出は面白い。

ところで明日夏コミ三日目には菱田正和プリティーリズム完結記念合同誌『プリズムアライブ』が頒布されるのでよろしくお願いします。場所は西のて-15bです。




今週の『レディジュエルペット』はアルバム作りをテーマに自分たちのアルバムを自分たちで作るレディ達の姿が描かれた。作中でも言及されているように今までのアルバムというものは親など家族が作ってくれたものであり、それはつまり「家族としての思い出」になる。しかし親元から離れてレディとして修業を積む彼女達にアルバム作りをさせるということになった時に「家族の写真」が入るのはそれはそれで大事なことではあるものの、それだけで終わっては「親元から離れて修行する」という寄宿舎的システムを採用している作品としては味気がないのも確かだ。
本作ではその辺を「レディ候補生としての今まで」を振り返らせることで「親元から離れて修業を始めてからの今まで」としてアルバムを作らせており、それによって本人がレディ候補生になって手に入れたものや改めて思いを確かめたもの、そして出会い、思い出を育んできた相手とのドラマを「思い返す」という物語を構築している。写真の持つ「記録」としての側面を引き出させる事で、「カイエンとのツーショット写真がない」という「大事な人との記録の欠如」はドラマとして大きな盛り上がりを生んでいたし、また最近戻ってきたミウラには「記録するだけの思い出がない」というドラマを生み出している。
このようにアルバム作り一つとっても本作では「レディたるもの」の言葉通り、彼女達をステップアップさせるものとして有効に使われているのだが、今回ちょっと面白かったのはかろんとレビンの物語のほうだ。
かろんといえばレビンとの関係性がここ最近は強調されており、非常に美味しいキャラクターとして活躍しているが、彼女が引っ込み思案かつ文学少女な彼女がレディ候補生になった理由は「かつて憧れたお姫様のように、ショーウィンドウに飾られたドレスが似合う素敵なレディになりたい」というものだった。
「かつて憧れた存在になりたい」というのは非常に魅力的なドラマだといえる。初心忘るべからずというが、「今の自分」ではなく「今の自分につながる過去の自分の思いを昇華する」というのは今の自分を変えることにもつながる。サフィーのおかげでそんな「今の自分を変えるための第一歩」を踏み出し、レディ候補生となったかろんだが、今回のアルバム作りで見えてきたものはかろんにとって「トップオブレディ」という存在になることは大した意味を持たないということ。それはつまり、かろんにとって「本当にやりたいこと」はレディとして修業していく中において微妙に外れたところにあるということだ。
本作で定義されているレディの姿は「淑女」という形にとどまらない。みずきが女の子らしいものを好まない女の子であるように、本作におけるレディとは「己の目指す理想の姿」ぐらいの位置づけで描かれており、だからこそ「自分の理想の姿」をあまり定めていないももなの奔放さと頑張りは、等身大の魅力として周囲の人間を惹きつけるのだが、アルバム作りやもっといえばメール小説回の辺りから描写されてきたかろんは「レディじゃなくても魅力的」というものだった。
メール小説回では毎夜学校に忍び込んで図書館でレビンを相手に取材をしたり、自身の体験をメモとして書き留めていたりしながら、読者のことを意識しながら物語をつづっている姿だったし、今回のアルバム回においてもレビン登場後からのかろんは「もともとこういうのが得意だった」という通り、「今の自分を家族に見てもらいたい」というコンセプトの下でアルバム作りを行っていた。この際に全員合格という結果が出たのは「それぞれがそれぞれの思い出を構築できていた」ということの証明なのだが、その結果発表の後、かろんは「自分のやりたいこととは微妙に違う」というニュアンスを漂わせるセリフの元「トップオブレディ=最高のレディになる」ということに対してズレを意識させるようなセリフを発している。
このセリフが出てきたのはおそらく「世間的に求められるレディとは違う生き方」を自分たちで考えていくところに物語のステージがシフトしているということなのだろう。
何度も書くようで申し訳ないが、本作で描かれている「レディ」の姿は「己のなりたい理想の姿」であり、他人が採点する=他人が求める姿ではない。そこから突き詰めていったとき、伝説となっている「トップオブレディを辞退した」という伝説のレディの姿にも筋が通る。
おそらく辞退した伝説のレディにとって、トップオブレディとは己の求める理想の自分ではなかったのだろう。だからこそ自分にとってのレディの姿を尊重するとともにその生き方を貫くためにトップオブレディを辞退したのだ。
そう考えると物語としても「トップオブレディになることよりも大事なこと」として「己の理想の姿を追い求めること」というのは推奨されているように見える。
レビンはかろんがトップオブレディに相応しいと考えているキャラクターだが、そんな彼女が「求められるレディの姿と自分とのズレ」を意識したとき、レビンが「トップオブレディにならなくてもいい」といえるのは彼女にとっての「レディ」の姿を尊重しているからこその言葉なのだ。
また「かろんがトップオブレディを辞退するのなら自分もキングを辞退する」と語るレビンの姿には彼の考えるキングとしての姿が光る。彼はこの上なくジェントルマンだが、そこには自分の名誉などなく「好きな人のために全てを捧げる」ということに価値を置いているキャラクターのように見える。
だからこそ彼の「己の理想の姿へと突き進むかろん」に対する思いは深く、あの「俺のレディになってください」という告白には、そんなかろんへの敬意も込められているのである。

本作は非常に計算された作品ではあるが、ここにきてレビン・かろんの関係性をガッツリ進めてくるとともに、レディの姿を考えさせるフェイズへと足を進めてくるとは予想だにしなかった。とはいえ、いつか来ると思っていた話ではあるし、ももなの物語だけにとどまらないからこそ本作の提示する「レディ」は価値を増すのである。

ところでリリアンの記憶について色々とあいまいな部分が出てきている。これにはカイエンとの血のつながりがないというネタにつなげたいという意図を感じる部分でもあるが、その記憶の曖昧さとルーアのサポート具合は一体どういう展開につながるのだろうか。
今後が非常に楽しみな作品だ。
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