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『少年ハリウッド』十話の音楽番組という演出装置について

この間、『ラブライブ!』関係で「ラブライブ!は好きだしライブには行くけど、それはそれとして見たいかどうかで言うとかなり複雑な心境だ」と言うことを綴った記事を見かけた。気持ちとしては分からないでもない。あの記事を書いた人は『ラブライブ!』とμ'sの九人が「好きで好きで仕方がない」のだろう。だからこそ「最も輝いていた姿だけを愛したい」と思うことは気持ちとしては痛いほど理解できる。俺も「『プリリズDMF』と上葉みあが好きすぎるからこそ、プリリズイベントでだけは上葉みあ役として登場する大久保瑠美だけは見たくない」と言う思いを常に持っているからだ。
コレは別にステージ上に○○役として登場する声優を見ると幻滅するとかそういう小さな話ではないし、ましてや幻滅することはないだろうと思う。やっぱり本人は凄く魅力的だろうし、熱意を込めて演じていたわけで、演じている側から見た上葉みあの姿というのは話を聞いてみたくもある。クリスマスにプリリズイベントがあるけど、そこで上葉みあとして何かを歌う大久保瑠美を見たらやっぱり感動するだろうとも思う。
でもそうじゃないんだ。本気で好きで好きで仕方がないからこそ、「上葉みあを演じた大久保瑠美」という存在を幻想として留めておきたいと思うのだ。だから会いたくないし、見たくない。そう思うことに何のおかしさがあるというのか。
あれを書いた人は『ラブライブ!』とμ'sの九人が本気で好きなのだろう。だからこそ一月のライブには「楽しいことは解ってるけど、でも」と言いたくなったのだろう。その気持ちは作品は違えど理解出来るだけに、こちらとしてもかける言葉が見当たらない。何を言っても解決にならないだろうから。
それはそれとして俺も『ラブライブ!』があの記事を書いた人に負けないレベルで好きなわけだけど、なぜライブで楽しんでいられるかというと「キャラを演じている声優」として出ているのではなく、キャラクターと声優を区別せずに共存させながら進行させているからです。4thライブだと内田彩が地毛を染めてことりに近づこうとしていたりしたけど、オープニングで3DCGキャラが観客席に現れる演出を指して「私達」と呼ばせていたりする辺り、その辺は『ラブライブ!』と言うライブのコンセプトに含まれているのだろうと推測できる。そういうのがあるから俺は声優ユニットとしてのμ'sもスクールアイドルユニットとしてのμ'sも一生愛せるわけだけど、冷静に考えりゃ俺の好きな声優って田村ゆかりとかなので、ああいう幻想の事を積極的に守ろうとする人達ばかりだ……。



『少年ハリウッド』はシャチョウによってアイドルとしての素質を見出された五人の少年達がアイドルになっていく物語だ。本作の物語の特徴はとにかくアイドルについて冷静な視点を心がけているということ。
アイドル的な名乗りに対して「恥ずかしいもの」と切って捨てながらも、その「恥ずかしいことを自信満々に全力でやり遂げる事で輝きが光る」と語っていたり、「「アイドル」という仕事は見ている人達を元気にするために全力のパフォーマンスをすること」など「言われてみれば確かに」と納得できるような理屈が用意されている。特に本作のアイドル観が現れている「アイドルをやっていられる時間は有限」などは楽曲にも現れており、本作を象徴するものだろう。
そんな「アイドル達の輝く姿からあふれるキラキラ」を一つ一つ冷静に見つめた上で、理論的に組み上げていくことで「顔がいいだけの少年達」を「本物のアイドル」へと作り変えていく。それが『少年ハリウッド』と言う作品で、その作り変えるまでの物語もまたたまらない面白さがあるのだが、本作では実験的な試みがいくつかされており、これがまたたまらなく面白いのだ。
例えば「何かを演じることが出来ない君達には誰かの心を打つことは出来ない!」とするシャチョウのアイデアにより、少年ハリウッドの五人はアイドルデビューする前に『エアボーイズ』という演劇をやらされるのだが、五話では一話丸々使って『エアボーイズ』の初回講演の模様を描いたのだ。
この五話の面白いところは「視点が観客席に固定化される事で、実際に見に来ている観客のつもりで視聴することになる」という事と、そんな観客視点だからこそ「何かを演じることも出来なかった五人」が「何かになっていく姿」と、彼らが見せてくれた真実の嘘が演劇そのものの魅力としてキラリと光るものとして描く事ができた。
また台詞を忘れたマッキーの姿を見た時、観客と同じように「何が起きたのか」と思ってしまうものの、子役時代にさんざんやらされた台詞でフォローを入れる希星の姿で微笑ましさを感じてしまったのは「観客視点」だからこそであり、本編を全て使って演劇を描いたからこそ、これだけ各々が「何かを演じる」という事の真意に気づいていく姿を感じられるものになったのだろう。
そして今回の十話では一話丸々使って、劇中に登場する音楽番組である「ときめきミュージックルーム」を描いたのだが、これがまた実験的ながら物語全体に意味を与える素晴らしい話だった。何が素晴らしいかというと、「音楽番組風」でも「音楽番組の舞台裏」でもなく、文字通りの「音楽番組」をアニメでやり遂げているのだ。
この十話では少年ハリウッドの他に、演者としてミス・モノクロームや劇中に存在しているらしい「原宿ガール」と言うアイドルユニットからソロデビューしたという高杉ちえり、新曲がヒットしているらしい演歌歌手の柿田川大介、初代少年ハリウッドの一人であり歌手として活躍している大咲香などが出演しており、少年ハリウッド以外に出番が与えられており、少年ハリウッド達と同格の扱いを受けている。むしろ少年ハリウッド達の方が駆け出しである分、扱いとしてはかなり軽い扱いになっていて、Aパートで彼らの出番が終わって、Bパートでは大咲香や柿田川大介達の方が出番を与えられているなど、「音楽番組における駆け出しアイドルの扱い」というものまできっちりと再現されている。
また少年ハリウッド達の動きも細かく、初めてのテレビ番組ということで緊張してフリートークで慌てるマッキーやそれにフォローを入れる他のメンバーもさることながら、柿田川のフリートークでは見切れているもののマッキーがさりげなくピースサインを送ってメンバーから怒られていたりしている。そういうところが物凄く「テレビ慣れしていない駆け出しアイドルっぽい」のだ。
この音楽番組としての作りでまた面白いのはこの十話で一番最初に歌うのはミス・モノクロームだ。
このミス・モノクロームは本当にあのアンドロイドで堀江由衣が演じているミス・モノクロームで、そのミス・モノクロームが少年ハリウッドの作中番組で一曲フルで歌っている。しかしなぜこの番組にミス・モノクロームが出てきて、それもフルで歌っているのかというのはアニメ本編では全く説明はされない。
まだミス・モノクロームが出てくる分には説明がつく。堀江由衣は少年ハリウッドの風見颯の妹役として出演していることもあり、そことの繋がりだろうということは理解できるのだが、フルで歌わせるほどのサービスをする理由は本編では説明がつかない。
しかしAパートが終わり、CMにおいてミス・モノクロームの新曲CMが流れてみればその意味がわかるだろう。
あのミス・モノクロームに対するサービスはつまりミス・モノクロームの新曲の宣伝を兼ねた出演なのだ。だからフルで歌うほどのサービスをしているのだが、それはつまり「CMすら本編に組み込んでいる」という事にほかならない。だからこそこの十話は恐ろしいのだ。
Aパートでちゃんと音楽番組的なCM入りの演出をやることでCMですら本編に組み込み、本編で説明がつかないミス・モノクロームの出演理由をCMで説明させてしまう。そしてCM開けにちゃんとCMが開けたことを意識させるような会話の流れを作ることで、仕切り直しとともにCMから本編へとダイレクトに繋いでしまっている。
AパートとBパートの間に流れているものはCMであるはずなのに、本編の一部のように錯覚させてしまうようなこの演出はまさに「音楽番組として徹底した作り込み」をしているからこそだろう。

しかしそれらすらも今回の十話においてはおまけにすぎないのがまた恐ろしい。
この十話が真に恐ろしいのは「劇中で音楽番組を見ている視聴者」と「このアニメを鑑賞している我々」の視点は共有されている。だからこそ「我々」は少年ハリウッドの彼らが今まで頑張っている姿を知っており、そんな彼らが音楽番組という誰もが見るような番組のステージに上った時に心の何処かで「少年ハリウッドの出番が来た!」と思ってしまう。それは少年ハリウッドのファンの反応そのものだ。
この音楽番組という演出装置が演出したかったものとは、つまりその「応援していた駆け出しアイドルがメジャーシーンに登場した時に喜んでしまうファンの心理」なのだ。それを演出するためには一話丸々かけて音楽番組を作らなければならない。CMすら本編に組み込んでしまう作りにしたのはメタ視点の挿入をさせてはその心理が崩壊してしまうからだろう。
また番組で最後に歌った大咲香が初代少年ハリウッドのメンバーであるからこそ、二代目を応援している我々は「初代の実力」というものを初めてステージの上で見せられるわけで、Aパートで少年ハリウッド達の出番が終わっていても物語としてはちゃんと盛り上がる作りになっているところもニクい。
こういうところで先輩と後輩、初代と二代目の関係性で番組そのものが盛り上がるようになっている(そのためにフリートークにおいて司会者は初代と二代目について触れており、ガイドラインはちゃんと敷かれている。余談だがこのトークも音楽番組っぽいので面白い)。番組構成としても見事な作りだろう。
番組終了の際にもちゃんと偽のスタッフロールを用意しているなど細かいところでの演出がまた気持ちいいのだが、実験的な一話ながらその実験がちゃんと物語の中で意味を与えられており、何事にも代えがたい視聴体験と快感を与えてくれている点は大事なところだ。
実験的な演出は数あれど、ちゃんと面白いものとして機能している点がこの十話で最も凄く、最も面白いところではないだろうか。

余談ではあるが、本編でも言及されているようにこの音楽番組において少年ハリウッド達が歌ったのは初代が歌った「永遠never ever」のカバー曲だが、OP曲である「ハロー世界」のカップリング曲とはパート分けが異なっている。ちゃんと90秒版として、そして未完成な二代目だからこそのパート分けにしている点は面白い。

「一話をかけて番組を描く」と言う作りをした作品は数あれど、ここまで真面目に取り組んで物語に組み込めるほどの番組づくりを作った作品はそう多くないだろう。ましてやメタ視点を一切含ませない作りとなればかなり数が少なくなるはずだ。
しかしそれをやっているからこそこの十話の視聴体験はキラキラ輝いている。
週末にはそんな十話も含めて三連休限定で一挙配信を行うそうなので、一話一話噛み締めながら、少年ハリウッドという物語が紡がれていくまでを楽しんで欲しい。

あ、俺はマッキーが好きです。


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2件のコメント

[C1598]

検索から来ました。
少年ハリウッドは侮りがたい魅力がありますね。
「先輩のコネで出演出来ただけでは?」と思わせるのも
恐ろしいです。
  • 2015-03-06
  • 芸ニューの名無し
  • URL
  • 編集

[C1599] Re: タイトルなし

二期のドラマ回では「コネでしょ」というツッコミに対して、「コネでもいいじゃん。すぐ居場所なんかなくなるんだから」という話に持っていったのはとても綺麗でしたね。
  • 2015-03-07
  • 水音
  • URL
  • 編集

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