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『トライガン バッドランド ランブル』苦さ故の爽快感と内藤泰弘テイストについて

『劇場版ラブライブ!』が前売券にCDをつけた件について。
色々思うけど、「映画館で並んで買うor抽選販売しかない」という時点で「転売禁止」なんて言葉の説得力は皆無だ。徹夜組も当然発生するし、それによって前売券を販売する映画館側にも負担がかかるだろうが、その辺りまで考慮した上での判断なのだろうか――とか、「前売券のような入手できる人を絞るやり方を取ると、普通に出していたら買ってくれていた層は振るいに落とされるけど、それって瞬間的には稼げるけど長い目で見ると絶対稼げない戦略じゃね?」とか、物凄く私的な話だけど、「絶対数が少ないものに特典として楽曲をつけると、ライブで使えない楽曲を量産することになるけど、それってなんか意味あんの?」とか思うわけです。
角川という企業がコンテンツを全くもって大切にしない会社であり、コミケ限定グッズの再販を公言しても約束を反故にする会社であることは大変よく理解しているし、漫画版『Baby Princess』を話半ばで打ち切ったあたりから見ても「ああ、この会社はもう本当にコンテンツを大切にする気がないんだな」というのは分かる。
ただ今回の前売券商法は「コンテンツを大切にする」以前の問題だ。
将来的なファンを駆逐するだけでなく、上映予定の映画館には無駄な負担を強い、かといってその楽曲はライブでは使うことが出来ない楽曲になるんじゃないかと言う不安感しかない。京極尚彦監督を始めとする制作スタッフがファンの期待にこたえるべく頑張っている中で、そのファンを競い合わせる戦略を取るというのはどうなのだろうか。制作スタッフはまるで悪くないだけに、このやり方には疑問しか出てこない。「救いようがないバカが考えたアイデアだった」と言われたほうがマシで、「そこそこ考えて出たのがこれなんじゃないか」と思えてしまうのが最悪である。
「悪評も評判のうち」というが、悪評はいつまで経っても付きまとうものである以上、そこそこ長く付き合ってきたこっちとしては「変なところでケチがつくやり方をとってんじゃねぇよクソが」というしかない。また徹夜組云々で映画館周辺の人達に迷惑が出た時に反論する余地が全くない辺りがまた地獄だ。「迷惑をかけてるのは一部の人間だから!」と言ったとしても、その一部の人間を運営する側が望んで生み出しているとしか思えないのがこのやり方なわけで、その辺の反論の許され無さはどうしようもない。
まあ自分は仕事があるので並びにいけないし抽選販売に望みを託す&友人知人との共同戦線を貼るつもりだが、結局のところ何を考えてこの戦略をとったのか。全部終わった後にでも誰か語って欲しい。「バカなんじゃねーの」と真顔で返して終わりだと思うが。



「正義の味方」と言う存在は奇天烈な存在だ。というのも、「ラブ&ピース」を口にしながらも、彼らは誰よりもその言葉から程遠い存在だからだ。暴力を武器に弱者を虐げる強者がいて、その強者が対話不可能だった場合、正義の味方はどうすればいいのか。暴力で止める? 見過ごす? いずれにしても彼らは「ラブ&ピース」という綺麗事を口にしていながら、その言葉から程遠い行いしか出来ない。彼らの語る耳心地の良い言葉は、口にすればするほど「理想論」となり「綺麗事」となっていくし、圧倒的な暴力の前には何の役にも立たない。「ラブ&ピース」と叫んでも、暴力を振るう側の気持ちが変わるわけではない。それに「ラブ&ピース」の精神で暴力を振るうこともまた、「ラブ&ピース」からかけ離れた行為だ。
そう、正義の味方には矛盾がある。誰よりも平和を愛しながらも「何かを否定する」という最も平和と程遠い事を行うと言う構造的な矛盾を抱えているのだ。
『トライガン』について考える時、主人公のヴァッシュ・ザ・スタンピードが正義の味方であるが故の矛盾とその苦さを思い出す。
ヴァッシュの戦いと生き様はとにかく苦いものに溢れている。
誰よりも人間を愛しているにも関わらず、その彼の首にかけられた賞金を狙って多くの人間が暴力を振りかざす。彼が人懐っこい笑顔を見せるたびに、その矛盾と彼が背負うと決めた業の苦さを噛みしめさせられる。その「苦さ」こそが『トライガン』の魅力であるのなら、その劇場版アニメ化作品となる『トライガンバッドランド ランブル』はその苦さの魅力を存分に引き出した作品だといえるだろう。

ガスバック・ガロン・ゲッタウェイ。稀代の大強盗と呼ばれる彼がマッカシティーを狙っている。
マッカシティーの権力者、ケプラーはガスバックから街を守るために荒くれ者たちを集めていた。ガスバックの賞金を目当てに集まってくる賞金稼ぎ達。街にやってきた賞金稼ぎ達の中に「人間台風」と異名を取る伝説の賞金首、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの姿があった。過去の因縁も絡み、ガスバックと衝突するヴァッシュ。勝つのは伝説の賞金首か? それとも大強盗か? マッカシティーを舞台に二人の男の戦いの火蓋が切って落とされた――!

『トライガン』が連載を開始したのは95年の事。その『トライガン』のアニメ化作品が放送されたのは98年で、原作が完結したのは2007年だ。本作が公開したのは今(2015年5月)から遡ること五年前の2010年4月末で、原作完結から3年ばかり経過した頃である。
「原作完結後の映画化」となれば「原作の最後までやるのだろうか」と思ってしまうし、「12年ぶりの新作アニメ」となれば「総集編かな?」と思いがちだが、本作はTVシリーズを意識しながらも随所で原作の要素を盛り込んだ作品になっている。あえて言うなら「劇場版トライガン」。TVシリーズを劇場版アニメとしてスケールアップしたわけでも、劇場版アニメで原作を再現したわけでもなく、「『劇場版トライガン』と言う作品として制作された」と表現する方がより本質に近い。
ヴァッシュがガスバックと出会った時に殺していれば本作で起きる事件は起きなかったし、ヒロインであるアメリアももっと平穏に暮らしていくことが出来たはずだ。あの時、ヴァッシュが「不殺」と言う形でガスバックを助けた事が、今回の事件をまねき、そしてその報いとしてヴァッシュは手痛い攻撃を受けてしまう。
「あの時、ヴァッシュがガスバックを殺さなかった」ということが巡り回ってマッカシティー全体にも及ぶ危機を招き、ヒロインの平穏な生活を破壊し、そして自分は手痛い攻撃を受ける――と言う展開は「苦い」としか言えない展開ばかりだ。
しかしあの時ガスバックを殺さなかったからこそ、そして絶好の機会にアメリアの攻撃を妨害したからこそ、本作の結末はとても美しいハッピーエンドになる。ヴァッシュが本作の中で行った「不殺」は確かに苦いものを生み出している。しかし最後に一つだけ残ったハッピーエンドがその苦さを、ハッピーエンドの爽快感に変えてくれる。

「劇場版トライガンとして制作された」と書いたが、本作は原作やTVシリーズを無視しているわけではない。
ストーリー原案を手がけた内藤泰弘が「この映画が『トライガン』と言う作品の初見となる方が絶対多いはず。なら、一番ポピュラリティのある『トライガン』はどの顔だろうか。そう考えたとき、僕は原作漫画でもなく、TVシリーズの前半だと思ったんです」とパンフレットにて語っているように、本作はTVシリーズのそれも前半部分を意識して制作されている。残弾数を気にせずに乱射するガンアクションにドタバタコメディ的な要素を含んだマカロニウエスタンな作品に仕上がっているのはそのためだろう。本作はこの前後にTVシリーズで描かれたどのエピソードに繋がってもおかしくないほどに違和感を覚えさせず、またTVシリーズの劇場版アニメ化のようにも感じられるような映画として完成されている。
TVシリーズを意識している一方で、原作についても様々な点で意識された作品となっている。
原作に見られるような小道具が作中で用いられている点もさることながら、原作にいるキャラクター達の表現には必ず含みが持たされている。その「含みあるキャラクター表現」によって原作における各キャラクターのエピソードや設定を想起させてくれる。
ヴァッシュには少し達観した描写が見られ、ヒロインであるアメリアとのやりとりを見る限りでは年長者のように見えるが、これは「ヴァッシュは150年以上前に生まれたプラントの自立種である」という原作・アニメに見られる設定が反映されているからだろう。
飄々とした立ち振舞いとシビアな価値観を持つウルフウッドには若干の青さを垣間見える描写になっているのだが、これも原作におけるウルフウッドが「肉体改造と薬物摂取によって肉体の成長も老化も早い」という設定を持ち、見た目と実年齢が一致していないキャラクターであることを念頭において見ると、ウルフウッドの「実年齢相応の反応」のようにも見えてくる。
本作ではこのようにキャラクターの表現に含みを持たせることで、原作における設定すらも内包するようなキャラクター描写に成功しているのである。また「これらの要素は劇場版の物語には一切絡まない」ということもあって、「なぜそのような表現がされているか」は最低限の説明しかされていない。むしろ最低限の説明に留めているからこそ説明としても口説くないし、原作読者やTVシリーズの視聴者であればあるほど、その描写の一つ一つから原作やアニメのテイストを見出す事で味わい深さが増していく面白さがあるし、その苦さを噛み締めた時にちゃんと新鮮な苦味となる。
そういう意味では本作は「『トライガン』入門編」とも言えるだろう。その苦さを持ってアニメに、また原作にサイド触れた時、本作の描写の意味が分かるはずだ。

現在『血界戦線』が松本理恵監督の手によりアニメ化されて放送中だが、『トライガン』はそんな『血界戦線』にも繋がるものが多い作品ではないかと思う。そんな『トライガン』の劇場版アニメとなる『トライガン バッドランド ランブル』は『トライガン』の、そして内藤泰弘テイストの魅力に溢れた作品だ。
「内藤泰弘」という作家を『血界戦線』で知った人も是非本作を見て欲しいところだ。






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