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『AKB0048』芸能禁止の逆境に抗うからこそ輝くアイドル達について

『プリパラ』50話視聴完了。「パルプスの少女ふわり」と『アルプスの少女ハイジ』をパロディにしたサブタイトルで、次回予告で見てからずっと笑っていたのだが、内容も思った以上にちゃんと『アルプスの少女ハイジ』をパロディにしていて思わず真顔になった。そういえばこの作品は「サブタイトルだけパロディ」ということは絶対にやらない作品であった。不覚である。
内容としては緑風ふわり登場回と言った趣きで、パルプスからやってきたふわりがパラ宿やプリパラ、パプリカ学園に馴染むまでを描いているだけなのだが、要所で突っ込まれる『ハイジ』のパロディが無駄に完成度が高くて笑ってしまう。大神田グロリア校長なんて、もう完全にミッターマイヤーじゃないか……! ミッターマイヤーみたいな鉄面皮じゃなくて百面相なおかげで逆位相のパロディになってて、ふわりを真面目にプリンセスに育てようとする姿が面白くて仕方がない。
ふわり自身も「ネクタイは嫌」とか「動きやすい格好で!」とかハイジとは逆位相のパロディ化されているんだけど、キャラクターとしてはあれで立ってしまっているから凄いというか。流石シオン様を一話で定着させた『プリパラ』である。
しかし紫京院ひびき様のイケメン以外に全く許されない挙動っぷりは凄い。あれは斎賀みつき以外の声優でやったら不審者にしか見えないキャラじゃないかなぁ。イケメンすぎて格好いい……。



「人を惑わす」という理由で深銀河貿易機構により芸能活動が禁止された近未来。世界戦争の最中、人々に愛を送るべく歌い続けた伝説のアイドルグループ、AKB48の名を受け継いだアイドルグループ、AKB0048は非合法ながらも絶大な支持を集めていた。そんなAKB0048に憧れる少女達は自分達もそんなアイドルになるために、AKB0048を目指す。
本作『AKB0048』はアイドルグループ、AKB48のアニメ化作品である。『マクロス』シリーズや『アクエリオン』シリーズなどで知られる河森正治か原作・総監督を努め、『カレイドスター』『アマガミSS』など少女たちがひたむきに頑張る姿を描かせれば天下一品の平池芳正を担当。シリーズ構成には思春期の少女達の繊細な心とその揺れ模様の描写に長けた岡田麿里が起用され、エグゼクティブプロデューサーには『エヴァンゲリオン』を始め、数々のヒット作でプロデューサーを携わった経験を持つ大月俊倫が務める。
一言で言えば「豪華絢爛」というしかないほど熱いスタッフによって制作された本作だが、内容面でも非常に熱い作品である。
そもそも政府によって「芸能禁止」が敷かれている『AKB0048』の世界において、アイドル活動を行うことは非常に覚悟がいることだ。政府に反抗してアイドル活動を続けるという事は「テロ行為」に他ならないし、一度捕まれば弁解の余地無く断罪されてしまう。「犯罪者扱いされてもいい」という覚悟がなければ、この世界ではアイドルになることはできないのだ。
観客席で見上げているだけならばいい。しかしステージの上へと上がろうと思うのならば、自分達が政府の敵になってしまうことを覚悟しなければならない。親や友人からも否定されてしまう可能性を受け入れなければならないのだ。
「芸能禁止」は非常にインパクトの強い言葉だが、だからこそ本作ではその「芸能禁止」という世界を「逆境」として捉えることで、アイドルになろうとする少女達、そしてアイドルとして今もステージで活動し続けている少女達の覚悟を絶えず試し続けるシステムとして機能している。
それでもアイドルになりたいと思えるか。それでも誰かにこの気持ちを伝えたいと思えるか。
『AKB0048』は「芸能禁止」という世界を構築することで、そんな世界で「あえてアイドルであろうとする者達」を時に残酷に、時に熱い形で描き通している。だからこそ本作のライブパートは非常に熱いものとなっている。
アイドル達は観客へ思いを伝えるために全力でパフォーマンスを行う。妨害しようとする敵との戦いの中でも、彼女達は決して観客への意識を忘れない。そんな肉体的にも精神的にも全力だからこそ彼女達は芸能禁止の世界の中で多くの人達の希望の星となっているのだろう。こうした全力さは平池監督の作品で見られる要素ではあるのだが、本作ではその全力さをアイドルライブ+SFアクションという形にすることで強調しており、ステージを守ろうと戦う少女とステージの上で思いを届けようとする少女をアイドルとして輝かせる。
こうした「覚悟の物語」を押さえた上で、二期シリーズでは「アイドル同士で競い争うこと」をテーマに据えた物語が展開される。
総選挙やセンターノヴァ、初代メンバーの名を受け継ぐ「襲名」など、本作を構成する様々な要素がこれでもかと言わんばかりに盛り込まれたこの二期シリーズでとりわけ丁寧に描写されているのは、戸惑いながらも「自分達はアイドルとしてどう有りたいか」を一人一人見出していく一連の物語だ。
総選挙にしろセンターノヴァにしろ襲名にしろこの第二期シリーズを構成する多くの要素は「アイドル同士で競い争う」を前提としたものだ。だからこそ少女達はこれまで自分達を支え、引っ張りあげてくれた先輩や一緒に戦ってきた仲間達と競い争うことに戸惑ってしまう。その瞬間、一緒にステージに立っているのは「仲間」ではなく「ライバル」になるのだから、戸惑って当然だと言えるだろう。そうして仲間からライバルへと変わってしまった関係の中で、少女達は戸惑いながらも自分を応援してくれる人達の気持ちを知り、自分をライバル視する人達の思いを知り、自分自身と向き合いながら一人一人違った答えを出していく。
どれか一つを「正解」とするのではなく、「一人一人にとっての正解はこれ」という描写になっているのは、この作品が群像劇構造になっているからだろう。園智恵理を中心にした研究生側だけでなく、九代目大島優子を中心とした襲名メンバーサイドでも答えを描写しており、「AKB0048」と言うユニットそのものの変化を印象づける。
こうして一人一人が自分自身の答えを見つけていく中で、一人残されたのが本宮凪沙である。
彼女は総選挙やセンターノヴァ、襲名など「競い争う事」の中で悩み続ける。
そんな凪沙だからこそ、アキバスターでの最終決戦の中で答えを見つけてその答えを体現する存在――十四代目前田敦子を襲名する姿が胸を打つのだ。歪み合わず分かり合える可能性すらも信じさせるその「答え」は、伝説的存在である前田敦子の名を襲名するに相応しく、そしてその襲名は一つの時代の終焉を告げさせるものでもある。
『AKB0048』という物語は十四代目前田敦子となった本宮凪沙とセンターノヴァとなる園智恵理の誕生により幕を下ろしたが、この幕引きには「新たな時代の始まり」を予感させてくれるものだ。
伝説的存在の襲名を果たした本宮凪沙と襲名すらせずにセンターノヴァとなった園智恵理。この二人が新たな時代で輝き続ける限り、世界はきっとより良いものへと変わっていくのだろう。仮に彼女達がダメだったとしても、彼女達の思いは輝きとして受け継がれ、いつかは世界を変えてくれるに違いない。
AKBだからと侮る無かれ。その根底に流れるものは熱く骨太な英雄譚なのだ。

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