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『虐殺器官』について

2月3日に『虐殺器官』が公開された。
この作品は2009年3月20日に死去したSF作家・伊藤計劃のデビュー作である同名SF小説を劇場版アニメ化したもので、制作会社の倒産を始めとする様々な事情により延期に次ぐ延期を繰り返していた事から「完成すること」そのものが疑問視されていた作品である。
制作そのものはジェノスタジオに引き継がれたことで当初の予定である2015年10月から遅れたものの、今回どうにか公開する運びとなったわけだが、鑑賞する前の自分の心境としては暗鬱なものであった。というのも、この『虐殺器官』と共に劇場版アニメ化が発表された『ハーモニー』『屍者の帝国』の二作が原作を読んでいれば読んでいるほど面白みが薄く、同時に原作の面白さがまるで失われていたからである。
アニメならではの面白さがなかったわけではない。例えば『ハーモニー』では御冷ミァハのあの触れれば壊れそうで、そして触れたが最後、奈落の底まで穏やかな気持ちで沈んでいきそうな恐ろしさはアニメならではの面白さを感じたし、そんな御冷ミァハ像を作り上げた上田麗奈の演技力には惚れ惚れした。しかしながら映像としてはどうか、というとやはり面白みが薄かった。これなら原作を読み返していた方が遥かに有意義ではないか、と一瞬思い浮かべるほどに面白みが薄かったのである。
そんな事を二作も続けて味わった人間である。三度目の正直を信じて見に来たものの、「面白い」と心の底から思えるものが出てくるとは全く思っていなかった。話のネタになればよし。話のネタにすらならなければそれはそれで。そういう気持ちで見に行ったのだが……結論から述べると、『虐殺器官』はおそらくこれまでの三作品の中では一番面白い作品だった。
ただしそれは「クラヴィス・シェパード」という主人公の大幅な改変を許容した上での話で、その改変を許さなければ本作は他二作のどの作品よりも冒涜的で罪深いアニメ化作品であり、とても残念な作品である。

具体的に述べると、アニメ『虐殺器官』におけるクラヴィスは「『脳死状態になった母親を安楽死させた』という過去」を持ち合わせておらず、「母親を殺した」という地獄を内に抱えているような繊細さを微塵も覗かせない。あるのは「マッチョなアメリカ軍人である」「文学部出身の無神論者」であり、原作で見せていた二面性はアニメからは窺い知ることは出来ない。痛覚マスキングされ、感情抑制されながらも心の内側に抱えた痛みに苦しむクラヴィスはどこにも存在せず、その結果として「ジョン・ポールと虐殺の文法を追いかけていく」と並行して描かれる彼の思索はほぼ全てと言っていいほど失われてしまっている。
「クラヴィス・シェパード」という人物がステロタイプ的なマッチョなアメリカ軍人ではなく「繊細で傷つきやすく、内に痛みを抱えている事を自覚しながらも『仕方がない』とマスキングする人間」であるからこそ『虐殺器官』という物語及び作品世界は魅力的なのであり、そういう意味では『虐殺器官』を物語る上で大事なものをあえて削除したのは原作ファンとしては大変残念である。そここそが『虐殺器官』を『虐殺器官』たらしめる重要な点であると思うのだが……。
もっとも、主人公の内面に踏み込んだ物語をあえて削除したからこそ「虐殺を巻き起こす男『ジョン・ポール』を追いかける物語」を二時間という時間の中に濃密に圧縮できた部分もある。アクションシーンもその分合理性に富んだ軍隊格闘技のそれで見ていて気持ちが良かったし、ガジェット周りについては若干古臭さは感じるものの概ね良かった。特に視覚はFPS的で、原作を読んでいた時に脳裏に思い描いていた通りだった。あとクラヴィスの美尻はアニメになったからこそである。1年と1カ月ぶりに男の尻を見て「良い尻!」と叫びたくなった。ありがとう虐殺器官。

原作読者としては相当残念な気持ちになるものの、一本の映画としては普通に面白い作品となったアニメ『虐殺器官』だが、そんな本作でもエンディング曲だけはどうしても許容できなかった。というのも、この作品のエンディング曲はただただ無粋なのである。
本作はクラヴィスが公聴会で虐殺の文法を使った事を示唆する展開で幕を下ろす。この後は原作と同じようにアメリカ国内でも内戦が勃発し、虐殺が起こるのだろう。その予感をもって本作の幕引きとするこの展開そのものは悪くない。
しかし「予感」で終わるのならば、スタッフロールの間ぐらいは余韻として味合わせてほしかったのだが、本作のエンディング曲は激しい曲調の歌であり、余韻に浸る間もなく現実に引き戻される。
楽曲そのものは悪くないのだが、作品そのものの余韻と予感という形で描かれたものの意味を全て虐殺するあの音楽の文法はいかがなものか。ただただ残念だ。まあ「EGOIST」ってチョイスそのものがどこかずれている気がするのだが。






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