Entries

『鉄血のオルフェンズ』完結に寄せて

本日『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』が放送終了した。
放送期間は中間に半年ほどのインターバルを挟んで2015年10月から2017年4月頭。話数は25話+25話の全50話。2011年の『機動戦士ガンダムAGE』以来久しぶりに制作された新作のガンダムシリーズということで、サンライズもバンダイナムコも制作スタッフも色々と大変だった事だろう。一視聴者として、本作に関わっていた全ての人々にまずは「お疲れさまでした」と述べたい。本当にお疲れさまでした。面白かったです、色々と。
自分にとって『鉄血のオルフェンズ』はリアルタイムで見れる時はリアルタイムで見ていたほぼ唯一の作品だった。
本作には日曜夕方からの放送なので見やすく、大ファンである大張正己さんが手がけたロボットアクションや京極尚彦さん絵コンテのOP、戦場で生きるしかない少年兵達が人並みの幸せを夢見て生き足掻く姿は見ていて面白い箇所がいくつもあった。
毎週終わった後の感想戦も楽しかった。Twitterなどを眺めていると同じシーンでも自分とは違う印象を抱いている人達が散見され、色々と興味深かった。最終話の感想戦で見かけたイオク・グシャンだけは見た瞬間吹き出してしまった。「絶対に許さない」と心に誓った。
最終話も何だかんだでリアルタイムで見てしまったので、『鉄血のオルフェンズ』に関して自分の思っていることを書いていきたい。別に理解しなくてもいいです。

まず最初に述べておくと、自分にとってこの『鉄血のオルフェンズ』と言う作品はそこまで悪い印象の作品ではない。
エンターテイメント性が強い作品ではなく、物語冒頭から最後まで一貫していたテーマがテーマなだけに説教臭さが隠しきれていないのでせいぜい佳作と言った印象ではあるが、少なくとも作劇におけるテーマの一貫性とそのテーマに対するキャラクターの決着の付け方においてはそう悪い作品でもなかった。
『鉄血のオルフェンズ』は最初から最後まで教育の必要性を説いていた。社会全体が貧困な環境では子供達は教育を受けられない。彼らの時間は「生きる」ということに費やされてしまい、足を止めて「この先の事を考える」という事ができなくなってしまう。「相手が言っていることが正しいかどうか」「自分の決断が本当に正しいかどうか」「自分が本当に求めているものが何なのか」を理解できないまま、目の前にあるものだけに夢中になればいつか破滅してしまう。その目の前に置かれたものは誰が置いたものかわからないのだから。鉄華団は教育を受けられなかった余り身の丈に合わない欲望に取り憑かれ、破滅したのである。
また教育を受けられたとしても思い上がりを捨てられず、分別のつくだけの知識を手に入れたがために増長した人間も本作の中では破滅している。具体的にはマクギリスがそれで、彼はファリド家に拾い上げられ、教育の機会を得ても何一つ変わらず、結果として自分が求めた力と自分が踏み躙ってきた人達の想いにより彼は死んだ。マクギリスの存在はギャラルホルンの変革の礎にこそなったものの更なる繁栄を約束するもので、大局的に見れば「意味がある死」ではあるものの本人にとっては意味があるものだったかは微妙なところだろう。イオク様? 最後の最後に大義に酔いしれて増長し手柄を求めた結果、おそらく無惨な姿になった事だけは分かるので、何というか「救いようがないバカ」ということなのだろう。「教育を受けられる機会と時間、そして教えてくれる人が十分に存在する環境にありながら、変わらない奴は変わらない」という辺り、本当にどうしようもないバカである。正直内政向きな人ではあったと思うので、あの辺は本当に生まれる時代を間違えたとしか言えない。可哀想。
以上の事は教育を受けられない/受けられたとしても変わらず、増長してしまった人達の話だが、では対極に位置する教育を受けられる機会を活かしきって変わっていった存在は本作の中にいるのかというと、きちんと存在している。ジュリエッタやガエリオ、クーデリア、タカキと言った人達はそうした存在である。
高等教育を受けた上で他者を理解することで変わっていったガエリオ。
ラスタルに拾い上げられ、ガエリオやイオクと共に過ごす中で学んでいったジュリエッタ。
鉄華団と触れ合う事で自分に当初の理想を地に足の着いた理想へと変えていったクーデリア。
鉄華団の中でも特に学ぶ事に真剣だったからこそ、火星の王という理想ではなく自分の身の丈にあった生活へと切り替えたタカキ。
いずれの人物も自分に与えられた「機会」を活かして変わっていった存在で、こうした人物をきちんと鉄華団やマクギリス達と対になるようにして配置している辺り、本作の「教育の必要性」は清濁の両面が描かれていたように思う。単に「勉強しないとこうなる」だけでは上から目線の説教にしか見えないが、「勉強することによる意味」と合わせて提示するのなら「この『少年兵』という題材にも意味があったのでは」と思うのだ。まあそこ以外の点――例えば「マクギリスやオルガがいきなり小物に化けた」とか「そこそこの話数を割いたモビルアーマー編がそこまで重要ではないのはどうなのか」とかはどうしようもないが。

メインストーリーについては以上のとおりだが、メカ周りについては本当に凄かった。
『鉄血のオルフェンズ』のモビルスーツ達はいずれもフレーム構造を意識させるデザインになっているが、それだけに共通点と相違点の両者がせめぎ合い、独特の魅力を放っていたように思う。
ガンダムフレームを採用しているガンダム達は物語が進むに連れてシルエットそのものを変化させ、それぞれの乗り手に合わせた異形の進化を遂げていく。どんどん人間からかけ離れて獣のような姿になっていくバルバトスにギミックてんこ盛りのグシオン。変形して獣のような姿になるフラウロスに、正統派の騎士系デザインからヴィダールを経て怪物と騎士の両方の側面を持ち合わせたキマリス。ガンダムバエルも色々言いたいことはあるものの、二振りの剣のみで戦う姿はシンプルで面白かった。
量産機もレギンレイズにグレイズ、テイワズの獅電などなど、プラモで欲しくなるデザインばかり最高だった。
そしてアニメではこれらのメカがギミックを見せながら動くので、ギミック好きとしてはたまらなかった。
特にキマリスヴィダールはキマリスのギミックとヴィダールのギミックの双方を見せてくれたし、マクギリスとの最終決戦では本当に何でもありな戦いっぷりに惚れてしまった。うちにはキマリスのキットがちゃんとあるぞ……。
最終話でのあまりにもあんまりなバルバトスルプスレクスもまあうん。ギミック的には面白かったよ。

日曜夕方放送枠の作品として最後になった作品がこの結末でよかったのかよくなかったのかはよく分からないが、土曜の朝から見ていたら重かっただろうし、日曜夕方で放送するアニメでよかったように思う。次からはドアサなので、ガンダムシリーズも色々と苦労することになると思うが、頑張って欲しい。出来れば次は荒木哲郎監督のガンダムが見たいです。どう考えてもドアサとは思えないぐらい激しく血が飛ぶ映像になる気がするが。
最後にこれだけは言いたい。
『鉄血のオルフェンズ』は松風雅也が良かったぞ。

スポンサーサイト
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)
http://ilya0320.blog14.fc2.com/tb.php/2342-38176444

0件のトラックバック

0件のコメント

コメントの投稿

投稿フォーム
投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

魔界戦線


■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
44829979_m.jpg
とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

プロフィール

水音

  • Author:水音
  • tumblrの方が積極的に更新してるマン。
    面倒くさがりなので、Twitterのほうが捕まります。

    魔界戦線



    連絡先  :mizune.moon.sounds@gmail.com
    @を半角にして下さい

カウンター