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『オクトパストラベラー』のファーストインプレッション

ようやく発売されたので時間を見つけて『オクトパストラベラー』をプレイしている。
購入した理由は「FFのようだがFFではない」「戦闘が面白い」と聞いてプレイした『ブレイブリーデフォルト』が大変好みの作品だったことと、その続編である『ブレイブリーセカンド』があまりにも面白みに欠ける作品で「今度こそあの時のようにやればできる子なんだ!」と言うことを見せてほしかったことという、完全にスタッフありきの購入の仕方である。まあ最近は自分の感情が二つも先にある形で買うことはなくなってきてしまっているので、たまにはこういう購入の仕方もありだろう。Switchでの発売なので比較的プレイしやすいのも嬉しい。
主人公に商人のトレサを選択してひとまず20時間ほどプレイしてみたのだが、ゲームとしての感触はそう悪いものではない。一つの世界に八人の主人公がいて、それぞれが旅に出る理由を持ち、この世界の中で活動している。『オクトパストラベラー』の仲間は全て「選ばなかった主人公達」なので、それぞれに選んだ主人公に匹敵するようなドラマを背負っていることが即座にわかるのはよいデザインであろう。「気になる!」となった人のために「各主人公のこれまで」を振り返る機能もあるので、この辺りの導線の整備され具合は悪くない。もっともシナリオが平坦で予想出来たところを何一つ外してこず、BGMの使い方が全く面白くないので見ているこちらの感情移入度は極めて低いものであるので、本当に「最初だけはよい」と言ったところでとどまってしまうのだが。
またCM等でもピックアップされている「フィールドアクションによるロールプレイ」だが、こちらについては多少の厳しさはあるもののよくできているように思う。八人の主人公はフィールドアクションによって四種類の系統に分けられ、その四種類の中にも条件は厳しいが確実に成功する「正道」と、自分と相手とのレベル差から算出される確率によって成否が決まる「邪道」の二種類が用意されている。つまり四種類×正道・邪道で八人の主人公の個性を表現しているわけだが、この辺りの落とし込みかたは面白い。例えばNPCからアイテムを手に入れる際も「商売として手に入れるのか。それとも盗んでしまうのか」という点でわかれており、商人はお金を払う商売としてアイテムを得て、盗賊は盗んでアイテムを手にするわけで匙加減一つであるが非常によく練られている。「TRPGのような」とはいかないまでも「TRPGに近い柔軟性」を兼ね揃えているといえ、よくこういう形に落とし込めたなぁ、と感心する次第である。これを書いている自分は商人で始めたものの結局盗賊を加入させて、アイテムを盗みまくる生活をしている。町民から盗んだ財布でアイテムを買って楽しいか?楽しい!
肝心かなめの戦闘についてだが、まあよく出来ている方だろう。「ターン制コマンドバトル」に「ターンの前借り」というアイデアを加えることで、「前借するべきか否か」という戦略性を産み出した『ブレイブリーデフォルト』を作った人達であるので、「ターン制RPG」と言いながらもゲームシステムとしては「どのタイミングで最大火力を叩き込めるのか」というタイミングの見極めに特化したゲームに仕上がっている。
本作の敵は全てシールドを持ち、このシールドが存在している場合はそこまでのダメージは出ない。弱点属性で攻撃することでそのシールドが破壊されていくのだが、0になるとブレイクして相手の次の行動はキャンセル。このタイミングで攻撃することですさまじいダメージを叩き出すことが出来るのである。
このブレイクシステムと並ぶシステムとして味方サイドには「ゲージを1-3まで砕くことで次の行動を大幅に強化する」と言うものがある。通常攻撃なら複数回攻撃になり、スキルならばダメージが跳ね上がり、バフデバフならば効果時間が伸びると純粋な強化になっているのだが、これとブレイク状態を駆使することで凄まじいダメージを叩き込むことが出来るのだ。
この「シールドを削るタイミング」と「最大火力を叩き込むタイミング」を意識して立ち回らせるゲームデザインのおかげで戦闘が非常に楽しい。「相手が強力な攻撃前の予備動作に入ったら意地でもブレイクさせて撃たせない」と言ったことをやる必要も出てくるし、雑魚を狩っている時も最大火力を出せる計算を始めてしまう。いやーよくできたゲームである。弱点を突く必要がある関係上、三属性操る学者が死ぬほど強いのはどうかと思わないでもない。あと商人が剣士や狩人より強いのは資本主義だからですか。

まー何にしても期待していた通りには面白いゲームである。「あとはシナリオさえ面白ければ……」と言ったところなので『オクトパストラベラー2』を出すのであれば、もうちょっとその辺りを工夫してほしい。あと正道邪道の格差を無くしてほしい。さすがに盗賊以外は紫色の宝箱を開けられません!は無しよ……。










1クールを終えての『キラッとプリ☆チャン』『アイカツフレンズ!』について

『アイカツフレンズ!』と『キラッとプリ☆チャン』が放送開始してから三か月が過ぎた。アイドルを題材にした作品が同時期に始まると聞いた時はどうなるものかと思ったものだが、どちらの作品も自分達が展開したいテーマを尊重した物語を自分達にしか出来ない方法で着実に積み上げ、一つの物語として昇華してみせた。
どちらも歴史があり、各作品だけでなく「このシリーズが好きだ」と言うファンも多いだけに、わずか三か月で「シリーズ最新作」というだけでなく「この作品ならではの面白さ」を堪能させるところにまで持ってきた事には驚嘆するほかあるまい。素晴らしい。
折角三か月できちんと面白さが発揮されているのである。ここらで1クール分を見終えての『アイカツフレンズ!』と『キラッとプリ☆チャン』についてまとめておきたい。

今更改めて書くことでもないが、『アイカツフレンズ!』は2012年10月から展開されているアイカツ!シリーズの第三作となる作品である。アイカツ!シリーズの特徴である「他人の足を引っ張ったり、悪意を持って接してくる人間がいない喜劇」は本作でも踏襲されていて上品な味わいの作品に仕上がっているわけだが、『アイカツフレンズ!』の最大の特徴はアイカツ!シリーズとしては初めて「フレンズ」という関係性を物語の中核に据えている事だろう。この「フレンズ」と言う概念が登場したことにより、『アイカツフレンズ!』のアイドル活動は従来の「私のアイドル活動」から「私と貴方が共に歩んでいくアイドル活動」へと大きく変化し、その物語も『アイカツ!』や『アイカツスターズ!』では見られなかった「関係性を問い、一人一人が自分なりのフレンズ観を見つけていく物語」になっている。
これまでのアイカツ!シリーズ――『アイカツ!』も『アイカツスターズ!』はどちらも究極的には「自分との闘い」を描いた作品だった。『アイカツ!』は自分の見つけたオリジナルスターへと向かって自分で考えて一歩づつでもいいから歩き続けることの偉大さと、その美しさについて描いた作品であったし、『アイカツスターズ!』は自分の身に宿った特殊な力や才能を絶対視して頼り切るのではなく、仲間と共に自分を研鑽し続けることこそが自分を支えてくれる本当の力になることを描いた作品だった。しかしこの二作はある意味「自分との闘い」というものをやり切ってしまったと思うのだ。『アイカツ!』は三年半も放送されたことで、前述した「歩き続けることの偉大さ」は二十種類以上の形があることを見せきってしまったし、『アイカツスターズ!』も虹野ゆめが仲間とのアイドル活動を形にしてしまったことでそうした部分は達成されてしまった。そうしたことを理解しているほどアイカツ!の名を継ぐ次の作品はそうした「自分との闘い」を部分的に継承しつつも、違ったものを盛り込んで変革する必要があったと思うのだ。長く続いてきたからこその宿命でありシリーズに突き付けられた難題であるが、その難題の解答として展開されている『アイカツフレンズ!』の「私と貴方のアイドル活動」は、「一人では乗り越えられない壁でも二人でなら乗り越えられる」を感じさせるものでとても美しいと思う。
その「二人だからこその可能性」として用意されたフレンズも現在のところピュアパレット・ハニーキャット・ラブミーティアの三種類が展開され、まだまだ増えていく可能性が示唆されていて実に熱い。また一人一人が個性的だからこそ、個性を重ねる事で生まれる可能性の形は幾つもあっていいわけであり、そうした可能性をフレンズ以外の可能性でも感じさせてくるのも『アイカツフレンズ!』の魅力だろう。

『アイカツフレンズ!』をシリーズを変革させることに挑戦した作品であるとするのなら、『キラッとプリ☆チャン』はシリーズがこれまで展開してきたものを発展させた作品だといえる。プリティーシリーズがこれまで展開してきた「自分らしさ」を本作では「自分発信」とし、「やってみた動画」の配信を通じて「自分達がなぜそうしたいのか」を描いていく。
「なぜ自分が面白いと思っているのか」「なぜ自分は楽しいのか」「自分は一体何がしたいのか」。「プリ☆チャン」というyoutubeめいた動画配信サービスで活躍していく中で問われ続ける「なぜ?」は「自分」という曖昧なものを研ぎ澄ましていくわけだが、そうした自分を問い続ける物語だからこそ「それでもやってみる。やってみたいと思ったから」という気持ちや、未経験のものに果敢に挑戦していく姿が何とも格好いい。そうした「何もしない人よりも、やってみた人の方に価値がある」という姿勢は主人公達とそのライバル達の戦いにも現れており、世界的プリ☆チャンアイドルであるライバル達に挑むことになった主人公達が一瞬ではあっても上回ることが出来たのは失敗を恐れていても挑戦することを諦めなかったからであろう。こうした「挑戦することの大切さ」は過去作でも見られたものであるが、「誰でも動画配信できる」という開かれた世界である本作だからこそ大事に描いていくべきものだろう。
またシリーズらしさの絡みでいえば、青葉りんかのプリ☆チャンアイドルデビューの「自分の本心には絶対に嘘がつけない」という理屈もプリティーシリーズらしいものだ。「兄のプリチャン活動を自分の我儘でやめさせてしまったのでは?」という負い目を感じていたりんかはこれまでみらいとえもの裏方に徹していたが、「自分もプリチャンをやってみたい」と最初の気持ちはどれだけ押さえつけていても止めることは出来なかった。その帰結が兄に負い目を感じながらも「なりたい自分(=プリチャンアイドル)」になるあの展開で、そこには『プリパラ』のそふぃや『レインボーライブ』のべる様が背負ってきたものと同じ物語が存在している。こうした「シリーズの伝統」もまた『キラッとプリ☆チャン』の面白さではないだろうか。

何にしても物語はまだ1クール終わっただけで、まだ残り3クールも残されている。話数でいえば40話弱もあるのだ。
最終的にどこに行きつくのかに期待しながら見守っていきたい次第である。






最近見た『ダリフラ』『ゾイドワイルド』『シンカリオン』『ニンジャバットマン』の感想文

先日から多忙気味なので、Twitter等で書いていたもののブログの記事に出来るほどの量にならなかったテキストを載せておく。これといった意味はない。ただの感想文である。

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』を見終えた。見終えた今の気持ちを端的に表現すれば、「最初から最後までどこかで見たもの――具体的には『エヴァンゲリオン』『グレンラガン』『トップをねらえ!』『トップをねらえ2!』と言ったガイナックス作品のパッチワークだけで構成されていて、ガイナックス出身者が集まって結成されたトリガーらしい」とか「『中島かずきや庵野秀明や鶴巻和哉無しでガイナックスっぽい作品を作るとこうなるのか』と思い知らされている」とかそのあたりになる。実験作としては面白い結果をもたらしたように思うが、作品としては「微妙」の方のフォルダに入れておく。
別に「どこかで見たもの」で構成すること自体が悪いと言っているわけではない。この世にある全ての作品は何らかのものに大なり小なり影響を受けているわけで、そういう意味ではほぼすべての作品があらゆるもののパッチワークである。先に述べた『エヴァンゲリオン』だってウルトラマンを始めとすると特撮作品に影響を受けているわけで、「どこかで見た作品のパッチワークである」ということをもってこの作品を批判する気はさらさらない。ただ個人的に残念だったのは「既存作品の要素をどう組み合わせるか」という部分についての工夫が見られなかった事や、結局ガイナ的なものになってしまったことで、もう少し踏み込んで「トリガーらしさ」を見せてほしかったのである。どうせ『トップをねらえ!』になって、最後が『グレンラガン』と『トップをねらえ2!』になるというのなら「イナズマキックが通じない!」をやってほしかったし、その流れを受けてみんなの力でギガドリルブレイクするぐらいの気概を見せてほしかった。「俺たちは元ガイナックスではない。トリガーだ!」と言い切る意思の強さを見せてほしかったし、なんなら『リトルウィッチアカデミア』あたりまでの文脈が欲しかった。
まあ終わってしまった作品なので今更何を言っても変えようがないのだが。とりあえず久しぶりに錦織敦史監督の作品を見たけど、しっかりとしたイメージを持つ脚本家と組んだオリジナルアニメをもう一本ぐらい見てみたいです。

『新幹線変形ロボシンカリオン』最新話が面白かった。先々週あたりから敵がシンカリオンを超えるために開発したブラックシンカリオンとの第二戦が描かれているのだが、このブラックシンカリオンがまあ強い。これまでに登場した全てのシンカリオンの武装を持ち、「出てくれば勝利が確定する存在」として描かれていたのぞみのアドバンスドモードですら若干不利になるほどの圧倒的なスペックを誇るブラックシンカリオンは、差し掛かりつつある物語の折り返し地点を印象づける「最強の敵」である。そんな最強の敵に対抗するためには主人公の乗るE5はやぶさと主人公の父親が乗る500こだまの合体しかない! ということになっているのだが、最新話の何が面白いかと言うと「大人と子供が共に勝利を目指す」というシンカリオンの基本的な路線は変わらず、シンカリオンパイロットだけでなく、彼らをサポートするオペレーターや基地設備や機体を整備する整備員すらも一丸となってわずかに見えている勝ち筋を通すために力を尽くす!と言う話を展開していることだ。単騎で強いブラックシンカリオン対みんなの力を合わせて勝ち筋を通していくシンカリオンチーム。この対立軸になっていることで、満を持して描かれたE5はやぶさと500こだまの合体が滅茶苦茶熱かった。合体ギミックそのものは別に凝ってないのになぁ。やっぱり物語の勝利か。

『ゾイドワイルド』。放送開始前は大人を中心に「今回のキットは凄いぞ!」と盛り上がっていたわけだが、放送された一話を見ると「やれることは全部やっているのではないか」という気持ちになった。テーマとなる「人間とゾイドの絆」に今回のゾイドの最大の魅力である「本能開放」の魅せ方、主人公のアラシを始めとするキャラクターの魅力を余すところなく詰め込んでいる。一話としては完璧と言ってもいいだろう。特に体を張って自分を助けたアラシをワイルドライガーが相棒と認めるシーンは最高だった。ベタではあるけれど、無印『ゾイド』のバンとジークを思い出してしまう。当時の直撃世代としては防御不可である。絆の証がちゃんとあるのも良い。
今後に繋がりそうな要素として今のところあるのは「主人公の父親探しぐらいだが、今回の敵役であるデスメタル帝国との因縁が「ワイルドライガーが逃げてきたところ」になっているので、このあたりがどう絡んでくるのか。『ゾイドジェネシス』も旅立ちのきっかけは「戦いの余波で破壊された村のライフラインを直せる人間を探す」だったのに、最終的には帝国との大戦争に発展しているわけで、どこかでデスメタル帝国との決戦を軸にしだすと思うけれど、どうなるのやら。

『ニンジャバットマン』。『ダークナイト』が歴史に名を残す傑作だったせいで以降映像化されるバットマンは「ダークでシリアス」な路線になり、「陰鬱ですっきりとしない」という問題は『マン・オブ・スティール』から始まったDCユニバースにおいてかなりのハンデを抱えていたと思うのだが、中島かずきが脚本を手掛けた『ニンジャバットマン』はバットマンシリーズのもう一つの側面である「活劇としての魅力」を出せていたと思う。トンデモ時代活劇ではあったけれど、「21世紀の武器をほぼ全て失ったブルース・ウェインが失敗を経て自らの力を再定義しなおすことでバットマンとして復活する」とか「バットマンは人殺しをしない!という点に付け込んで大立ち回りを見せるジョーカー」とか良かったし、「ヴィラン大名」という寝言のキレッキレ具合は最高だった。城が合体するのはもう笑った。現代でもないぞ、その技術!良い作品だったと思います。今回限りの使い切りなのが勿体ないぐらいだ。

『GODZILLA 決戦機動増殖都市』も観たけど、3DCGであることを出来ないことの言い訳に使った作品は初めて見た。期待をもたせておいてその期待に応える気もないし、シナリオの面でも何か驚かせる要素が登場することもなく平坦で退屈だ。第一章の時は「まあまだ第一章だし」と言うことで希望を持つ事ができたけれど、第二章がこの出来だとさすがに第三章を映画館で見る勇気はない。よっぽどのことがあれば……といったところか。あ、相変わらず前日談の小説は素晴らしかったです。どちらかと言えばこの小説を映像にしてほしかった。

Appendix

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■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
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とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

プロフィール

水音

  • Author:水音
  • tumblrの方が積極的に更新してるマン。
    面倒くさがりなので、Twitterのほうが捕まります。

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    @を半角にして下さい

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