Entries

『アイカツフレンズ!』になって変わること、変わらないこと

『アイカツ!』が終わって『アイカツスターズ!』が始まったのは2016年のことだった。
大空あかりが辿り着いた境地に感動していた当時の自分は、「面白い作品になってくれるといいな」という期待感と「『アイカツスターズ!』が始まるけど、はたしてついていけるのだろうか」と少し不安な気持ちを抱えていたものだが、いざ放送開始すると不安感だけが吹き飛び、すぐに『アイカツスターズ!』の事が好きになって楽しめるようになった。もちろん『アイカツ!』は『アイカツ!』として愛しつつ、である。天羽まどかは今でも好きだし、氷上スミレは未だにレジェンド級美少女だ。フォトカツも不定期ではあるがプレイしているユーザーである。
そんな自分なので『アイカツフレンズ!』の話を聞いた時も大した心配はしていなかった。「『アイカツスターズ!』がすぐに身体に馴染んだように、『アイカツフレンズ!』もすぐに体に馴染むことだろう」と思っていた。しかしながら概要を詳しく聞いてみると、大きく分けて三つの点でこれまでのアイカツシリーズから変化することが判明し、少々驚いている。そんな驚きを沈めるために現在の気持ちを書いておく。

まず一つ目の変更点は「『アイカツフレンズ!』ではソロではなくデュオが基本になる」ということだ。
アニメでもゲームでも、アイカツシリーズにおけるアイドル達の活動はソロ活動が基本だ。物語の進行によってユニットを組んだりすることもあるし、ゲームでもイベント等でデュオやユニットのような形式でライブを出来たりもするが、その基本はやはりソロ活動だった。ソロ活動だから最後は「自分との戦い」になり、アイドル達が自分に打ち勝って望みうる最高の結果を獲得した時に大きな感動を覚えていたわけだが、『アイカツフレンズ!』では前述したようにソロ活動よりも友達とのデュオ活動の方を中心に展開していくようだ。
この変化は作劇において大きな変化をもたらすだろう。今までの「仲間と共に」展開にあったドリームタッグ感は薄れ、今までアイカツシリーズが紡いできた物語とはおそらく印象としては大きく異なるものになることが予想できる。しかしデュオを基本とすることで「二人のアイドルが互いに影響を与え合いながら、支え合いながら一つの目標に向かって歩んでいく」という、これまでのアイカツシリーズとはまた違った物語を生み出すことが出来る事も間違いない。加えて、シャッフルデュオ展開と言う形で、新たな可能性を模索する事も出来る。そうして違う相手とのデュオを経験した二人が再び元の形に戻った時に何が生まれるのか……。
そうした作劇面での面白さを生み出しそうな、この「私のアイドル活動から私と貴方のアイドル活動へ」を個人的には大いに歓迎したい。あと正直百合好き的にも美味しいコンセプトなので期待してます。

二つ目の変更点としてはアニメのメインスタッフの変更だ。
メインスタッフの変更と言っても、『アイカツスターズ!』のシリーズ構成を務めた柿原優子氏と『アイカツ!』の監督にして『アイカツスターズ!』でもスーパーバイザーを担当した木村隆一氏、音響監督の菊田浩巳氏と言ったスタッフ達は変更されていない。監督とキャラクターデザインのみ変更という形に留まっているのだが、今回新たにこの二つの役職を務めることになった二人がなかなかアツい。
まず監督を務めるのが五十嵐達也氏だ。サンライズ出身の監督で、代表作としては監督を務めた『THE UNLIMITED 兵部京介』が上げられる。アイカツ!シリーズ関係としては『アイカツ!』の終盤――特に天羽まどか、黒沢凛、大地ののにとってのクライマックスである175話の演出を担当している。おそらく『アイカツスターズ!』の佐藤照雄監督と同じく『アイカツ!』らしさをよく知った上で違う方向も展開できる監督としての抜擢だと思うが、『絶対可憐チルドレン』の兵部京介を掘り下げた『THE UNLIMITED 兵部京介』に触れていると五十嵐監督の抜擢は期待できると言わざるを得ない。
またキャラクターデザインを務める渡部里美は『アイカツ!』でも『アイカツスターズ!』でもデザインワークスを担当し、チーフ作画監督なども担当しているアイカツシリーズに欠かせない人物の一人。今回はキャラクターデザインということなので大出世である。こうしたメインスタッフの変更でも『アイカツフレンズ!』はワクワクさせてくれる。

ただ三つ目の変更点である「歌担当廃止」はとても寂しい話である。
アイカツシリーズはこれまで本編でキャラクターを演じる役者とは別に、歌やライブ公演を担当する歌手がキャスティングされており、「一人のキャラクターを二人の人間がそれぞれ解釈してそれぞれの表現に落とし込む」というやり方を取っている。このやり方を採用する事で、アイカツシリーズはキャラクターに多面性をもたらしてきた。
アイカツシリーズのアイドル達はステージの上とそれ以外では全くの別の顔を見せる。本編ではあれだけ一生懸命に練習を重ね、自己実現のために徹底した努力を重ねていても、ステージの上では決してそういう顔を見せない。「一つのステージの上にこれまでの全てを輝かせている」が、「汗や努力」と言ったものを彼女達はステージの上には持ち込まないのだ。そうしたオン/オフを表現する意味でもアイカツシリーズの「歌担当の導入」はやり方としてはとても合理的なものだった。歌を担当する歌手達はキャラクターらしさはもちろんのこと、本編では決して見せないような表情までもその歌声の中で表現している。だから新曲のライブはどれも面白い。「こういう歌なのか」と感心させられる。新登場のキャラのライブは最高だ。「こういう歌声なのか」という驚きがいつもある。
自分は歌担当の存在はアイカツシリーズの魅力の一つだと思っている。なので今回の「歌担当を廃止して、本編と同じ声優が歌う」はそうした魅力を失ってしまうのではないかと不安に思っている。
また今回の歌担当廃止に伴って、これまで歌を担当していたSTAR☆ANISもAIKATSU☆STARS!も来月の武道館公演をもって解散するという。スマホゲームである『アイカツ! フォトonステージ!!』での新曲追加も怪しくなってきたのはあまりにも厳しい。おそらく『アイカツ!』及び『アイカツスターズ!』から抜本的な改革をする必要があるという判断がされた上での事だと思うが、この五年半余り、ずっと聞き続けてきただけにちょっとこの改革っぷりはどこまでついていけるのか自分でも分からない。不安だし、彼女達との別れはとても寂しい。

ただ少なくとも二つのことは言える。
それは「アイカツシリーズにとってこれは終わりではなく、バトンを受け取って始める新たなスタート」ということ。そして「自分がアイカツと出会ってこれまで過ごしてきた日々と、今でも好きでいる気持ちは何も変わらない」ということ。
確かに寂しいし、不安はある。それが正直な今の気持ちだ。しかし「これまでの日々」は何も変わらないし、好きでいる気持ちはそうした変更では揺るがない。それにである。彼女達の歌と共に愛し続ければ、もしかしたら今よりもパワーアップした彼女達にまた会えるかもしれないではないか。現に『アイカツスターズ!』で『アイカツ!』のアイドル達とまた出会えたではないか。
ファンとして出来ることは今までと変わらずに愛し、応援し続ける事だけだ。そうした応援があれば「またどこかで会える」。そう信じたい。少なくとも自分は。

何にしてもシリーズとして続けば続くほど変化していく必要があり、こうした変化をきちんとした形で発表してくれたアイカツ関係者には頭が下がる。どう受け止めていいのかわからないことも多いし、まだ気になっている事も多いが、それは後々発表され、あるいは実機やアニメに触れれば分かる事だろう。
これまでのアイカツからこれからのアイカツへ。どうなっていくのかファンの一人として暖かく見守っていきたい。


『モンスターハンター:ワールド』オープンワールドとモンハンらしさの融合

カプコンが2004年から展開しているモンスターハンターシリーズは、プレイヤーがハンターとなって大自然の中を跳梁跋扈する強大なモンスターと戦うアクションゲームだ。レベルなどのクリア保証をしてくれるものが一切存在せず、プレイヤースキルが如実に現れるゲーム性と、協力プレイを前提とした歯応えのある強敵、そしてそんなモンスター達を翻弄して倒せた時のカタルシスなどがユーザーから高く評価されている。
そんなモンスターハンターシリーズの最新作として先日1月26日に『モンスターハンター:ワールド』が発売された。「今の最新技術を使って最高のハンティングアクションを作る『モンハン』」をコンセプトにしていることもあり、ゲームシステムは基本的な部分を除いてほぼ一新。中でも各エリアの境界を取っ払い、シームレスに各エリア間を行き来できるオープンワールド化は本作最大の目玉としてファンの間でも良くも悪くも話題となっていたわけだが、蓋を開けてみると「モンスターハンターらしさ」と「オープンワールドの面白さ」が高いレベルで融合した素晴らしいゲームとなっていた。
本作でフィールドとなる大地は前述したようにエリアごとの区切りは存在しない。地図の上では存在するものの、エリア間の移動はシームレスに行われているため、ほぼ一つのフィールドがそのままモンスターと死闘を演じるためのリングとなる。その広さは今までのシリーズの中でも最大と言ってもよく、その「シリーズ最大規模のフィールド」を自由に走り回ってモンスター達と戦うのはとても面白いのだが、その面白さを底上げしているのがフィールドの中にある様々なギミックだ。
斜面を降りていると滑走して移動速度が上がったり、爆弾などで破壊できる場所があったり、腕に嵌めたスリンガーで射抜けば崩れる天井があったり、ロープで立体機動のような三次元的な動きが出来たりと今作でプレイヤーが取れる選択肢は非常に多く、そのどれもが今作が採用した「垣根を取っ払った巨大なフィールドだからこそのもの」ばかり。それらを駆使してモンスターを倒したり、クエスト達成を目指して駆けまわるのはとても楽しい。冒険心をくすぐらせるような趣向を凝らしたフィールドデザインとなっているのだが、そこに乗せる生態系もまた素晴らしい。モンスターハンターシリーズはこれまでも「生態系」というものを大事にしてきたが、本格的な描写として落とし込めていたかというとそうではなかった。「設定上」「クエストのフレーバーテキストではそうなっている」と言うものが余りにも多く、プレイヤーが生態系というものをゲーム中から感じ取る事は難しいものがあった。
本作は大きなフィールドへと拡大したこともあって、そうした生態系が「こういうことだったのか」と感じ取れるようになっている。モンスター同士が鉢合わせすれば縄張り争いだってするし、縄張り争いに負けたモンスターは敗走して別のエリアに行くことが余儀なくされる。当然腹が減れば食事だってする。そうしたこれまであまり感じ取れなかった生態系が本作の中には確かにある。これまで武器や防具のために狩り尽くしてきたモンスター達が「この世界に息づく生物である」と言う事を設定だけでなく確かに理解させてくれるのである。
そのうえで本作はモンスターハンターとしてもしっかりとしたゲームになっている。
自分が考える『モンスターハンター』とは友人の受け売りではあるが「対応時間をやりくりするゲーム」だと思っている。
モンスターハンターは武器を抜いて攻撃体制に移行しなければほぼ全ての攻撃に対応することができる。しかし攻撃しなければモンスターを倒すことは絶対にできない以上、どこかで武器を抜いて攻撃体制に移らなければならない。攻撃体制に移ると今度は相手の行動への対応が難しくなる。咄嗟の回避行動が出来なくなってしまうからだ。
対応時間を攻撃に回すのか、それとも回避に移すのか。モンスターハンターのゲームシステムとはつまりそうした思考の切り替えであり、その思考の切り替えがハマった時に初めてモンスターを倒せるのだと思うのだが、『ワールド』で様々な点が一新されたことでそうした部分はかなり明確になり、そして攻撃から防御へ、防御から攻撃へとスムーズにスイッチ出来るようになったように思う。スリンガーの実装によりチャンスを作る事がより簡単になった事や逃げて誘導する事もまた選択の一つとして十分ありなようになったからだが、かといってモンスター達が弱くなったわけではないので歯応えは十分ある。最初のマップからしてリオレウスと鉢合わせすることもある段階で大体察してほしい。「これまで以上に状況に応じた判断が大事になる方向で調整された」とするのが適切だろう。「強い」と思ったら逃げて身を隠すこともまた重要な判断だったりするので本当によくできている……。

とはいえ「ここは手を入れてほしい」というところがないわけではない。特に救援周りについてはお粗末な出来だ。
「参加するだけで報酬が入る」「マルチプレイだとモンスターのHPが跳ね上がる」という現在の仕様だと「救援に参加はするが戦いには参加せずにキャンプで放置する」というプレイヤーが一定数現れることは予見できたはずであり、そこを何も解決しないのはよろしくない。せめて一定以上ダメージを与える事が条件になるように調整してほしい。メインシナリオ進行のために戦う場合はかなりカツカツになるので、この仕様だと単に苦しいだけである。出来るだけ早期に手を入れてほしいところだ。

何にしても「長く続けてきたシリーズが新しいことに挑戦し、それが満足のいく形にはなっている」と言う事を高く評価したい。
そしてこの調子で『モンスターハンター:ワールド』というシリーズになってくれることを願うばかりである。

追伸。
ところで今回のキリンは強化されていて強かった。
あとこれまでは小さい画面で気づかなかったが、本来はあんな厳ついモンスターだったのか……。











『新幹線変形ロボシンカリオン』が面白いと言う話

車が変形してロボットになるアニメ『トミカハイパーレスキュー ドライブヘッド』と入れ替わる形で、今度は新幹線が変形してロボットになる『新幹線変形ロボ シンカリオン』の放送が始まったので視聴しているのだが、とてもよく出来ていて非常に面白い。
「父親の影響で電車と新幹線好きの少年がひょんな事情からシンカリオンへと乗り込み、巨大怪物体と戦う!」という導入そのものは王道的で、見ていて安心できる作りで、自分にとって取り立てて語る事はないのだが、個人的に「面白い」と感じているのは「プロフェッショナルな大人達と、シンカリオンに乗り込むことができる子供達」という作品になっている事、そして「父と息子の物語」を貫こうとしている事だ。
巨大怪物体はシンカリオンでなければ戦う事が出来ない。これはシンカリオンそのものが対巨大怪物体のために作られた兵器という側面を持つからだが、しかしシンカリオンにはある欠点がある。その欠点とはシンカリオンを操るためには各車両に適合した運転士が必要であり、なぜかその適合者は子供ばかりな事だ。したがって「主人公達がシンカリオンに乗って戦う」ということは、「子供たちを戦いの最前線に送り込む」ということになってしまう。これを良しとするかどうかが二話の焦点となっていたのだが、『シンカリオン』は「大人だけでも、子供だけでもなく、大人と子供が共に作っていく未来が大事」という答えを出してきた。
凄い。「大人が子供を最前線に立つことを良しとしない」という展開はある。そして子供側の意思を汲み取って大人が根負けする形で戦いを認める展開もある。しかし『シンカリオン』はその道を選ばなかった。『シンカリオン』の出した答えは大人達は考え抜いた上で子供達を自分達と同じ、「巨大怪物体と戦う戦士」として認めている。巨大怪物体が現れた時、彼らは大人や子供ではなく一人の戦士として共に立ち向かっているのである。あまりにも格好よくてシビれた。そして全員が全員自分達の戦いをしている描写がところどころで挿入されるのが本当に素晴らしい。大人も子供も巨大怪物体に立ち向かい、未来を作ろうとしている感があって最高だ。
その上で「父親と息子の話」でもあるというのがたまらない。主人公の父親は現場の指揮官なのだが、主人公達に対して指示を出す時は指揮官としての表情と父親としての表情が入り混じったような雰囲気が出ている。そのうえで父親として果たすべきことは果たしている。母親と一対一で「シンカリオンに乗って戦う事をよしとするか」というやりとりは本当によかった。母親も母親で真実を知った上で「普通に接したい」であり、その普通に努めようとしている辺りににじみ出る非日常感、そして主人公が帰る場所としての日常感を際立たせているように思う。
また新幹線を題材にしている事やJRの全面協力を取り付けているためか、新幹線の見立て方も良くできている。
主人公は新幹線の運転士になる事を夢に見ているので新幹線は夢そのものであるが、最初に仲間に入った少年にとっての新幹線は「夢へとつながる乗り物」だ。
新幹線だからこその憧れ、そして全国各地に線路が通じている新幹線だからこその乗り物としての意味。こうした見立て方があったから、最新話の「夢が叶った人間だからこそ、誰かの夢を守りたい」という主人公の戦う理由が映える。「新幹線」という日常的なものだからこその良さがある。

これは個人的な話だが、『シンカリオン』のOP曲は良い歌詞をしているように思う。
特に「南から北 古今東西 この世界守りたい」は凄い。「古今東西」だけでも「ありとあらゆるもの」という意味があるので、「南から北」と言う部分は必要ないと言えば必要ない。しかし「南から北」があることで「古今東西」と合わせた時に意味が強調され、またこの文字列だけで「あらゆるもの」と言うことが分かり、より一層「守りたい」とする「この世界」の価値が増すのである。
藤林聖子の作詞センスが素晴らしい事は今更言うまでもない事だが、『シンカリオン』のOPを見て土曜の朝からぶん殴られて興奮した!と言う事だけは書いておきたかったので今書いた。

初音ミクがシンカリオンの運転士として登場することが決定していたりと(出身地は当然札幌)、前のめりで挑戦的なタカラトミーアーツらしい面白さも当然あるが、話そのものもロボットアクションもとても面白く、2クール以上ある作品だからこそ一話一話のエピソードの蓄積もガンガン行われている。youtubeなどでも公式で配信されているので、興味がある方は今週放送分の五話からでも是非。

Appendix

魔界戦線


■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
44829979_m.jpg
とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

プロフィール

水音

  • Author:水音
  • tumblrの方が積極的に更新してるマン。
    面倒くさがりなので、Twitterのほうが捕まります。

    魔界戦線



    連絡先  :mizune.moon.sounds@gmail.com
    @を半角にして下さい

カウンター