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『映画プリパラ み~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』は大豊作の2016年でも屈指の傑作映画だった

3月4日に『劇場版プリパラみ~んなでかがやけ!キラリン☆スターライブ!』が全国の映画館で公開される。
この『み~んなでかがやけ!キラリン☆スターライブ!』は2014年7月からアーケードゲームとアニメを中心に展開されてきた『プリパラ』の映画化第四弾となる作品で、プリパラ太陽系を巡り宇宙人ならぬぷちゅうじん達にプリパラの魅力を伝えていく――という物語になっている。
前作『プリティーリズム』とのクロスオーバーに主眼を置いた『み~んなあつまれ!プリズム☆ツアーズ』から続けられていた「毎週内容が変わる」というアトラクション的試みは今回も実行。また『KING OF PRISM』を中心に昨年話題となった「アイドルおうえん上映会」も開催されるなど、『プリパラ』の一つの集大成的な内容になっているようだ。4月からはタイトルも変わり、『アイドルタイムプリパラ』となる事が発表されているが、本作がまだ『プリパラ』であるうちに是非とも見ていただきたい。ひびき様達トリコロールのライブは凄いよ!

ところで。
この『劇場版プリパラみ~んなでかがやけ!キラリン☆スターライブ!』の前作に当たる『映画プリパラ み~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』は本当に素晴らしい作品だった。
『この世界の片隅に』がなければ「2016年で一番面白く楽しい映画だ」と断言するほど完成度が高く、『プリパラ』の魅力を全て凝縮した作品っぷりには万雷の拍手と大喝采しか送りようがなかった。わずか一時間ほどの間にここまで魅力を凝縮した脚本家のふでやすかずゆき並びに副監督の佐藤まさふみ、監督の森脇真琴のはとんでもない仕事をしたものだと見終わった一年前も賞賛していたのだが、本作の素晴らしい点は概ね三点に集約される。

一つ目は『プリパラ』の見どころの一つであるライブパートを新作としてふんだんに盛り込んだこと。
『プリパラ』のTVシリーズではほぼ毎週に近いような形で新作のライブパートが製作されているのだが、このみ~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』では殆ど全て新作である。そらみスマイルの「トライアングル・スター」はのちにTVシリーズでも使用されているがこの時点では完全新作だし、ドレッシングパフェの「ドリームパレード」やアロマゲドンの「でび&えん☆Reversible-Ring」はTVシリーズでもお馴染みのものだがステージセットはこの『み~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』専用のもの。パメリカのエリパ51仕様のステージにぺジプト専用ステージなど、このためだけに制作されたステージはそれだけで新鮮さがあるものだった。
分岐ルートでは黄木あじみのあまりのフリーダムさで笑わせてくる「コノウタトマレイヒ」にメイキングドラマの一部がラクダに置き換えられた「純・アモーレ・愛」、そしてまさかのちゃん子登場!となった完全新作の「Just My Chance Call」など様々なものがあったが、これまででも最大規模のライブとなった「オールアイドル組曲 プリシャス♪」はあの時点での『プリパラ』の集大成的な趣きと物語自体のテーマと直結した歌も相成って本当に最高のライブであった。

二つ目は『プリパラ』の特徴でもある「明るく楽しい作品」を志向し、それを完遂し切った事が上げられる。
本作は上映時間の七割近い時間を「友達を助けるためにプランスのプリパリへ向かう」という工程に費やしているが、その工程の中で描かれているものは明るく楽しく、スラップスティックコメディとしての『プリパラ』である。そらみスマイルが辿り着いたオオサカ・プの姿は精密に雑な関西弁と関西感で笑わせてくるし、パメリカのペリパ51ではカウボーイとなっためが兄ぃにカウガールとなっためが姉ぇなど、一周回って面白くなってしまったステロタイプなアメリカっぷりだし、ペジプトでは謎の杖によって暴走するみかんと風景カットに徐に挿入される「スピンクス」などの注釈が笑いを誘う。
プリパリへ登場して物語が本題へ移ってからも明るく楽しい路線は忘れられておらず、「絶交オーラに取りつかれてゾンビのような姿となったプリジェンヌ達」ともう何でもありの装い。終始このような感じなので、『プリパラ』という作品の「普段の面白さ」は存分に描かれており、何度見ても飽きないぐらい楽しいものだった。ホントホント。自分は上映期間中、三日に一回程度見ていたし。

最後の三つ目となるのが、「『プリパラ 2nd season』のテーマを描き切っている」ということだ。
少しネタバレになるが、『プリパラ 2nd season』で展開されてきたものは突き詰めて言えば「価値観の多様性」である。
らぁら達が支持する「みんな友達!みんなアイドル!」の理念を否定し、「優れた才能を持つ一部の人間だけがアイドルになればいい」という考えを持つ紫京院ひびき。『プリパラ』ではそんな彼女の想いを「それもまた世界を彩る要素の一つ」として包み込み、「自分達とは異なる考え方がある」という事を受け入れるからこそ世界は最高に美しい事を描いてみせたのだが、『み~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』はその事を大神田グロリアと大神田プロリアの姉妹喧嘩と二人の仲直りという形できちんと描いている。
「グロワッサンこそ最高で、プランスパンなどあり得ない」と語るグロリアと「プランスパンこそ至高で、グロワッサンなどあり得ない」と語るプロリア。「好みが違う他者を拒絶する」という行いをする二人によってプリパラ全ての存亡を賭けた危機がもたらされ、それがファルルのピンチを生み出したのだが、自分とは全く異なる他者を思いやり、手を繋ぐらぁら達プリパラアイドルによって二人は自分達の過ちを見つめ直し、自分とは異なる他者を「拒絶する」のではなく「自分とは違う」という事そのものを尊重する事を思い出した。
「どちらが最高」ではなく、「どちらも最高」。
「この世の中には自分とは異なる価値観が無数にある事を受け入れ、それを尊重し合う事こそが大事」という事を描いたこの『み~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』は『2nd season』で展開されてきたテーマをまた異なる角度から十分に描き切っている。これは本当に凄い事ではないだろうか。
なおテーマ曲となった「オールアイドル組曲プリシャス♪」はこのことを一曲の中で描き切っている上に、「もらった優しさ 当たり前だと勘違いしないで」や「無から生まれる何かは 君を変えてはくれない」など余りにも鋭い歌詞と様々なジャンルを内包したメロディが秀逸なので一度聞いてみてほしい。

長々と書いてきたが、『映画プリパラ み~んなのあこがれ レッツゴー☆プリパリ』が面白すぎた事で、『劇場版プリパラみ~んなでかがやけ!キラリン☆スターライブ!』に対して一抹の不安を覚えないわけではない。でもきっと大丈夫なのだろう。何せ今回はガァルマゲドンにノンシュガーまでいるのだから。応援上映会常連勢として、今回も頑張って応援するために全3ルート共初日に見にいきたい。時間が許せば。



『虐殺器官』について

2月3日に『虐殺器官』が公開された。
この作品は2009年3月20日に死去したSF作家・伊藤計劃のデビュー作である同名SF小説を劇場版アニメ化したもので、制作会社の倒産を始めとする様々な事情により延期に次ぐ延期を繰り返していた事から「完成すること」そのものが疑問視されていた作品である。
制作そのものはジェノスタジオに引き継がれたことで当初の予定である2015年10月から遅れたものの、今回どうにか公開する運びとなったわけだが、鑑賞する前の自分の心境としては暗鬱なものであった。というのも、この『虐殺器官』と共に劇場版アニメ化が発表された『ハーモニー』『屍者の帝国』の二作が原作を読んでいれば読んでいるほど面白みが薄く、同時に原作の面白さがまるで失われていたからである。
アニメならではの面白さがなかったわけではない。例えば『ハーモニー』では御冷ミァハのあの触れれば壊れそうで、そして触れたが最後、奈落の底まで穏やかな気持ちで沈んでいきそうな恐ろしさはアニメならではの面白さを感じたし、そんな御冷ミァハ像を作り上げた上田麗奈の演技力には惚れ惚れした。しかしながら映像としてはどうか、というとやはり面白みが薄かった。これなら原作を読み返していた方が遥かに有意義ではないか、と一瞬思い浮かべるほどに面白みが薄かったのである。
そんな事を二作も続けて味わった人間である。三度目の正直を信じて見に来たものの、「面白い」と心の底から思えるものが出てくるとは全く思っていなかった。話のネタになればよし。話のネタにすらならなければそれはそれで。そういう気持ちで見に行ったのだが……結論から述べると、『虐殺器官』はおそらくこれまでの三作品の中では一番面白い作品だった。
ただしそれは「クラヴィス・シェパード」という主人公の大幅な改変を許容した上での話で、その改変を許さなければ本作は他二作のどの作品よりも冒涜的で罪深いアニメ化作品であり、とても残念な作品である。

具体的に述べると、アニメ『虐殺器官』におけるクラヴィスは「『脳死状態になった母親を安楽死させた』という過去」を持ち合わせておらず、「母親を殺した」という地獄を内に抱えているような繊細さを微塵も覗かせない。あるのは「マッチョなアメリカ軍人である」「文学部出身の無神論者」であり、原作で見せていた二面性はアニメからは窺い知ることは出来ない。痛覚マスキングされ、感情抑制されながらも心の内側に抱えた痛みに苦しむクラヴィスはどこにも存在せず、その結果として「ジョン・ポールと虐殺の文法を追いかけていく」と並行して描かれる彼の思索はほぼ全てと言っていいほど失われてしまっている。
「クラヴィス・シェパード」という人物がステロタイプ的なマッチョなアメリカ軍人ではなく「繊細で傷つきやすく、内に痛みを抱えている事を自覚しながらも『仕方がない』とマスキングする人間」であるからこそ『虐殺器官』という物語及び作品世界は魅力的なのであり、そういう意味では『虐殺器官』を物語る上で大事なものをあえて削除したのは原作ファンとしては大変残念である。そここそが『虐殺器官』を『虐殺器官』たらしめる重要な点であると思うのだが……。
もっとも、主人公の内面に踏み込んだ物語をあえて削除したからこそ「虐殺を巻き起こす男『ジョン・ポール』を追いかける物語」を二時間という時間の中に濃密に圧縮できた部分もある。アクションシーンもその分合理性に富んだ軍隊格闘技のそれで見ていて気持ちが良かったし、ガジェット周りについては若干古臭さは感じるものの概ね良かった。特に視覚はFPS的で、原作を読んでいた時に脳裏に思い描いていた通りだった。あとクラヴィスの美尻はアニメになったからこそである。1年と1カ月ぶりに男の尻を見て「良い尻!」と叫びたくなった。ありがとう虐殺器官。

原作読者としては相当残念な気持ちになるものの、一本の映画としては普通に面白い作品となったアニメ『虐殺器官』だが、そんな本作でもエンディング曲だけはどうしても許容できなかった。というのも、この作品のエンディング曲はただただ無粋なのである。
本作はクラヴィスが公聴会で虐殺の文法を使った事を示唆する展開で幕を下ろす。この後は原作と同じようにアメリカ国内でも内戦が勃発し、虐殺が起こるのだろう。その予感をもって本作の幕引きとするこの展開そのものは悪くない。
しかし「予感」で終わるのならば、スタッフロールの間ぐらいは余韻として味合わせてほしかったのだが、本作のエンディング曲は激しい曲調の歌であり、余韻に浸る間もなく現実に引き戻される。
楽曲そのものは悪くないのだが、作品そのものの余韻と予感という形で描かれたものの意味を全て虐殺するあの音楽の文法はいかがなものか。ただただ残念だ。まあ「EGOIST」ってチョイスそのものがどこかずれている気がするのだが。






バージョンアップしてプリパラらしさの増した『ライブミュージカル「プリパラ」み~んなにとどけ!プリズム☆ボイス2017』について

2016年2月にブルーシアター六本木で上演された『ライブミュージカル「プリパラ」み~んなにとどけ!プリズム☆ボイス』は本当に素晴らしい舞台だった。笑いあり涙あり友情あり。『プリパラ』の魅力を余すこと無く詰め込まれたそのステージは愛に溢れており、一人のファンとして「見に来てよかった」と心から思えるほど美しいものだった
そんな『ライブミュージカル「プリパラ」み~んなにとどけ!プリズム☆ボイス』が再演されると聞いて、「見に行かない」という選択肢があるだろうか。それも『2017』と前回から「バージョンアップしたもの」と聞いて、あのステージに魅了されたファンが「見逃す」という行動を取ることが出来るだろうか。

そういうわけで無理矢理都合をつけて、『ライブミュージカル「プリパラ」み~んなにとどけ!プリズム☆ボイス2017』を鑑賞してきた。
シナリオそのものは「ひょんなことからプリパラでアイドルデビューする前の時間にタイムスリップしたらぁらが過去の自分と出会い、歴史を改変しないように立ち回りながら元の時間へと戻ろうとする」というもので、昨年上演されたものと大筋での変化はしていないものの、タイムスリップする前の「元の時間」が神アイドルグランプリ直前になっている事からジュルルの存在が追加されている事や、Prizummy☆の高橋果鈴と宮﨑紀夏がアイドルダンサーズに入った事を活かして「Jumpin'! Dancin'!」のライブパートが存在する事、元の時間に戻った後、「トライアングル・スター」や「ラン♪forジャンピン!」などの今現在の彼女達に相応しい楽曲でのライブが盛り込まれているなど、「バージョンアップ」というに相応しい変更が随所に盛り込まれている。
クライマックスを飾るファルルカムバックライブでは前回は歌詞カードを配布して「Make it!」の合唱をやっていたものの、今回はそのあたりを全て観客に委ねていたりと、一部「観客を信頼しているからこその演出」が挟まれている点など、前作を見ていれば見ているほど面白い点が数多く見られたが、その中でも面白かったのは圧倒的なアドリブの多さだろう。

今回の公演はとにかくアドリブがかなり多めに放り込まれていた。
本作のオリジナルキャラクターである青井めが兄ぃは「タイムストップ」という時間を停止する特技を持っているが、今回の公演ではさらに「時間を停止している人間にモノマネをさせられる」という謎の特技が開花。時間停止している中なのにモノマネが唐突にねじ込まれ、時間停止している間を他の役者がアクロバティックなポージングで凌いでいる中、涅槃のポーズで切り抜けるちゃん子を弄ってみたり、別に出番があるわけでもないのになぜかギターと共に出てくるドロシー、レオナだったりと、とにかくやりたい放題。
ザ☆健康ボーイズネタに興じるドロシー、レオナ、めが兄ぃや永野をやらされるシオン、らぁらの無茶振りで「PERFECT HUMAN」をさせられるめが兄ぃに、音響チームと合同でやったレオナの鬼束ちひろのモノマネなど本当にやりたい放題であり、他の役者もそれに乗っかってくる(特にファルル役の澪乃せいらは顕著)など、第一部はアドリブがない時間が殆ど存在しないような恐ろしい状態であったのだが、これが『プリパラ』らしくないかというとそういうわけではなく。こうしたアドリブの超豪速加減もまた『プリパラ』なのであり、目の前で放り込まれる豪速球すらも「らしさ」に組み込まれてしまうところに、改めて『プリパラ』の懐の深さと芸風の広さを感じてしまう。唐突に筋肉の名前を叫び出すファルルとかずるくないですか。

皆の思いと歌の力で復活するファルルに合同ライブなど原作でも屈指のエピソードは忠実に再現しつつ、自分の記憶からかけ離れた展開を見せる世界に嘆く未来のらぁらを過去のらぁらが元気づける時間遡行物ならではの展開は斉藤恒芳の作曲したオリジナルの楽曲も合わさって感動的。「去年と変わらない面白さ」と、昨年の公演を鑑賞している人間である自分も感じるということは、間違いなく前作よりもパワーアップしているのだろう。
個人的に特にパワーアップしていると感じたのは「0-week-old」で、澪乃せいらの歌声とダンスは細部まで見ておこうと意識して見ていても、思わず惹きつけられる強さがあった。これがあの時ファルルのデビューライブで多くのアイドル達が感じた衝撃なのか……と思うと興奮しか無かった。最高。

昨年の公演は好評であったにも関わらずソフト化がされなかったのだが、今回の公演はソフト化が既に決定している。それも二枚組である。メインキャラクターを演じるi☆Risの六人はもちろん、他のキャストも魅力的な今回の舞台。絶対に見て欲しい。




Appendix

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■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
44829979_m.jpg
とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

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