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『スーパーマリオオデッセイ』ファーストインプレッション

かねてから注目していた『スーパーマリオオデッセイ』が10月27日に発売された。いや正しく言おう。『発売されてしまった』。
由々しき事態である。現在のところ冬コミの原稿の進捗状況は大体五割程度であり、その他の仕事も進捗状況は好調だとは言い難く、追加でいくつかやらねばならない作業が降り掛かってきたばかりである。手の空いている時間があれば『アズールレーン』のハロウィンイベントの周回をしておきたいし、『Fate/Grand Order』のハロウィンイベントもまだ走りきれていない。
12月1日には『ゼノブレイド2』が出てしまうし、「ウルトラマンゼロとベリアルが出て来る」というだけで購入してしまった『巨影都市』もある。『モンスターハンターワールド』は「未来で待ってる」と財布から前金として金を抜き取って予約券を置いていった。何もかも時間が足りない。圧倒的に余暇不足である。自分の手が足りない。可能ならば分身したいぐらいである。ああ、『スーパーマリオオデッセイ』をやれるのはいつの日か! 『ゼノブレイド2』までに開封できれば幸運に恵まれたぐらいの気持ちを作っておいたほうがいいのかもしれない。
ということを思っていたのが発売日直前の自分だったのだが、やっぱり「自らの手で購入してしまい」、「職場にも持ち込めてしまう」ハードで出てしまったらもうやらないでいることは出来ない。いくら鋼の意志を持ったとしてもだ。大体鋼だって熱を加えればいつかは融点に達して溶け出してしまうのだから、鋼の意志なんてものは熱くさせてくれる何かの前では無意味なのである。

そんなわけで熱が加わってすっかり柔らかくなってしまった鋼の意志を相棒に『スーパーマリオオデッセイ』をプレイしているのだが、これがもうハチャメチャに面白い。下手すると『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』以上に新しいマリオに夢中になっている。
今回の『スーパーマリオオデッセイ』で素晴らしいと思うのは、何と言っても「一つのコンセプトに統一された国々を探索する面白さ」だ。
今回の『マリオ』は「旅」がテーマということで、ピーチを連れ去ったクッパを追いかけて砂漠の国、森の国、湖の国、雪の国、都会の国……と様々な国を相棒であるキャッピーと共に巡っていくのだが、どの国もコンセプトが明確にあって、それらの国々を走り回っているだけで楽しい。砂漠の国は「砂漠」ということで砂丘を始めとして緩やかに高低差がつけられているし、都会の国はマリオらしからぬビジュアルである事や敵らしい敵は町中には皆無であるものの、だからこそスクーターに跨ってビルとビルの合間を走り抜けるマリオに面白さが現れている。加えて「訪れた場所をしっかりと探索すれば絶対に何かがある」というのが嬉しい。
本作では「パワームーン」という収集アイテムが有り、このアイテムを集めていくことで次の国へと行く事が出来るのだが、「次の国に行くために必要なパワームーンの量」よりも遥かに多くの量のパワームーンがサブイベントとともに隠されており、それらを発見するのが本当に楽しい。巨大なアスレチックをただブラブラと歩き回り、ジャンプやダッシュを駆使してパワームーンのある場所に辿り着けた時の気持ちよさは何者にも変え難く、「一つ一つの国をプレイヤーが探索したくなる仕掛け」としては非常によくねられていると思う。

また今回の新アクションとして用意された帽子投げアクションも良い。攻撃範囲を広げている事はもちろん、帽子を足場にしてさらなるジャンプが出来るなど従来のアクションを拡張するアイテムとして活用されているのも良いのだが、やはりキャプチャーが凄く面白い。帽子をかぶることが出来るものに帽子を投げつけた時、そのものに憑依して操ることが出来るのだが、これにより「今まででは出来なかった事ができるようになる」。これにより何でもない場所が道となり、不可能な行動は可能なものとなるのだから面白い。
パワームーン探索ももちろんこうした事を駆使することになるため、頭を捻って突破していくことになるのだが、自分が当たりをつけた方法がパワームーンといった形で返ってくるのはとても嬉しい。
加えて今回、こうした「帽子投げとキャプチャーを駆使して試行錯誤する面白さ」を中心に据えた事で、アクションとしては若干ではあるがマイルドになっているように感じる。特にマリオ状態の時に要求されるアクションは複雑な操作を要求するものがなく、出来る事はシンプル極まりない。これがいいことなのか悪いことなのかは分からないが、このシンプルな設計は自分としてはかなり好みだ。なおアクションに自信があるプレイヤー向けに応えるものもあるため、この辺の懐の広さはさすがといったところか。でもミニゲーム関係の面倒臭さは難易度云々よりも面倒さの方が勝るのでちょっと困る。

全体的にはそんなところだが、最後にこれだけは述べておく。
旅の思い出として買ったステッカーを見て、船の形が帽子であったことの意味に気づいて感動した。
ずるいよこれ。

『ラブライブ!サンシャイン! 2nd season!』三話に見るベストを探し続ける事の大切さ

『ラブライブ!』という作品をあえて一言で表すのであれば「みんなで奇跡を起こす物語」だと言えるだろう。
「どんな無理難題が目の前に立ち塞がったとしても、皆の力を合わせればきっと奇跡だって起こせる。どんな未来でも作っていける!」と言い切り、それを本当に形にしてしまう。そんなμ'sと、彼女達の物語『ラブライブ!』は自分と仲間の力を信じる強さの溢れた力強く、そして眩しい作品だった。
それに対して『ラブライブ!サンシャイン!!』は「奇跡に信じず頼らず、自分達の力だけを信じて足掻き続ける物語」だと言えるだろう。
自分達にとって都合のいい奇跡が急に天から降ってくる事に期待するのではなく、自分達の現実を見据えて一つ一つベストな選択を探り、いつも「それが本当に正解なのだろうか」と自分に問いかけ続ける事で自分達が望む結果を手繰り寄せる。そんなAqoursの姿は一見すると泥臭いが、同時に今を生きる者の確かな息吹を感じさせる。
一歩づつでいい。前へ。もっと前へ。そんなAqoursだったから『ラブライブ!サンシャイン!!』は「面白い」のだ。

『ラブライブ!サンシャイン!! 2nd season』三話「虹」はAqoursの魅力を再確認させてくれる一話だった。同時に一話で掲げた「足掻き続ける」を一つの形として描いてみせた『2nd season』における重要な話の一つでもある。
悪天候の影響で入学希望者を増やして廃校を阻止するための第一歩である入学説明会が一週間ずれ、ラブライブ!予選の日と重なってしまった。ラブライブ!の特設ステージと浦の星女学院の距離を考えると、どうやってもどちらかのステージにしか立つ事はできない。唯一残された希望である「ラブライブ!予選は一番で歌えば入学説明会に間に合う」も厳正なる抽選の結果、実現不可能なものとなってしまい、「二手に分かれて歌う」というベターな選択が現実味を帯びていく。しかしAqoursは諦めず、何度も何度も検討を重ねる事で絶望的な状況の中に活路を見出す――!
この三話で重要なのは「奇跡」も「他人の助力」も明確に否定した上で「Aqoursは足掻き続けている」ということをしっかりと描いた事だろう。
「鞠莉の父親や曜の父親の助力を得ることは不可能」「自分達の力で何とかするしかない」と言った説明を何度も繰り返すことでAqoursがどうにかするしかない問題である事を印象づけ、奇跡が起きる事を願ったラブライブ!予選の順番決定抽選会の結果で「都合のいい奇跡なんて起きるわけがない」と奇跡に縋る甘い気持ちを切り捨てる。酷といえば酷な展開ではあるが、しかし「奇跡は起きない」「他人の力を借りる事もできない」という事を強く理解させているからこそ、「何かないか」「どうにかならないか」と足掻き続ける姿が心を熱くさせる。
そんな足掻き続ける中で活路を見出した時に彼女達に感じる輝きは何とも美しいものだが、この輝きは一話で掲げた「最後まで足掻き続ける」を完遂しているから生まれるものでもあるため、殊更に愛おしい。
スクールアイドル活動によって0を1にしても、1を10にしても廃校を阻止することは出来なかった。しかし彼女達は諦めきれなかったからこそ、スクールアイドル活動を今もなお続けている。廃校阻止の条件として掲げられた10を100にすることに挑んでいる。そんな「最後まで足掻き続けて未来を変えてみせる」を「入学説明会とラブライブ!の両方のステージを成立させる」というスケールダウンした形とはいえ、三話の段階で具体的なものとして見せてきたのは実に美しい。こうした一つ一つの「覆してきた体験」はいつか未来を変えた時にきっと強い説得力を与えてくれるはずだ。

また今回は特に小ネタが効いていた点も見逃せない。
「静岡県沼津市内浦」というロケーションだからこそ発見できた「みかん畑のトロッコ」という第三の道もさることながら、個人的には「トロッコを運転するのは松浦果南」というところの熱さを述べたい。なぜ松浦果南がトロッコを運転するのが熱いのかというと、彼女はアニメ二期放送直前に発売された「HAPPY PARTY TRAIN」のセンターであり、そしてこの楽曲がアニメ二期、そして二期から先へと続く未来へ向けて突き進む希望の曲だからである。
別にここで運転手をやるのは誰でもいいところではあるし、物語的には千歌が運転手を務めるのが適任ではあるが、あえてここで松浦果南を据えたのはこの楽曲があった事、そしてこの楽曲に込められた「未来への希望」を物語の中で引用するためだろう。その引用が上手く行っているかどうかは人それぞれであると思うが、個人的には上手くいっているように思う。なぜならば、この松浦果南が運転するトロッコによって彼女達は自分達の希望の未来を手にすることが出来ているのだから。
ファンにしか気づきにくいところではあるものの、こうしたネタの盛り込み方は作品の中で良い意味での刺激をもたらしているため良いように思う。

なお今回のライブシーンについてだが、和風ロックチューンな楽曲に合わせて天井の模様を和傘に見立てて来たのが一番熱かった。CGディレクターの黒崎豪氏の好みか、はたまた酒井監督の好みかは分からないが、ステージレイアウトを別のものに見立てる演出は『ラブライブ!サンシャイン!!』では多用される演出であり、気づくとより「そのステージであることの意味」が出てくるので好みです。

『KING OF PRISM』のライブで打ちのめされた話

『KING OF PRISM』初となるライブイベント「KING OF PRISM SUPER LIVE-MUSIC READY SPARKING!-」が10月21日に開催された。
応援上映会と共に名を上げた作品であることや楽曲の魅力から現実でのライブ開催の需要はかねてから高かった事を考えると、今回のライブイベント開催はまさしく「ファンの悲願」。それだけに今回のライブへのファンの期待も大きく、どうなる事かと思われたが、結論から言えば「『KING OF PRISM』とのファイナルラウンド」とでも表現したくなるほど圧倒的なパワーを感じさせるライブであった。
そもそも『KING OF PRISM』はファンとの激しい応援合戦の中で研ぎ澄まされていった作品だった。
2016年1月8日に『KING OF PRISM』が公開された直後は、菱田監督の得意技である「同時中継的なバトル展開」と「不必要なところは極力省き、必要なところだけを畳みかけるように見せてくる情報圧縮っぷり」に訓練されたプリリズエリートですら圧倒され、「これを応援しろと……?」と困惑する姿も見られたものだが、時間が経ってファンが増えるにつれて『KING OF PRISM』は大きく変わっていった。ファンと本気で「応援合戦」という形で殴り合う事で、『KING OF PRISM』はその面白さを多くの人達に理解されるようになったのだ。これは宝石がカッティングによって美しさを獲得する事と理屈としては近い。ファンが凄まじい熱量を秘めた作品に真剣に向き合い続けたからこそ、『KING OF PRISM』は最高に輝く事が出来たのだ。
しかしながらそんな『KING OF PRISM』だからこそファンに対して生半可なものを出すことは出来ない。「この作品の本当の輝きはまだまだこれからだ」ということを新作でも見せなければ、作品に対して誰よりも真剣に長い時間をかけて向き合い続けてきたファン達の心に宿った煌めきは失われてしまうからだ。煌めきを失わせないためにはファンの全力を見た上で真剣に全力を返さなければならない。それはファンに対する信頼でもあり、挑戦でもある。「俺達の全力についてこい」である。速水ヒロ風に言えば「乗り遅れるなよ?」である。あまりにも常軌を逸した戦いであるが、『KING OF PRISM』を作ってしまった人間達が背負わなければならない業なのである。
そんな業と向き合ったからなのか、『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』はスタッフ全員がファンにたたきつけた「挑戦状」のような作品だった。全体の中に応援を差し込む場所を作っていつも通りのダイブ感を作りつつも、作品全体のクライマックスとなる速水ヒロのプリズムショーにおいてあえて梯子を外している。まるで「俺達は本気で行く。お前らも本気で来い」といわんばかりの展開だ。
そんな「第二ラウンド」に勝ったのか負けたのかについてはファン一人一人が感じるべきことなのでここでの言及は避けるが、ともあれ『KING OF PRISM』はファンとスタッフが作品を通じて真剣に殴り合い、認め合う事で輝きを放ってきた作品である事は間違いない。互いにリスペクトしあい、互いに高め合う。そんな関係性を第一ラウンドとなる『KING OF PRISM』、第二ラウンドとなる『PRIDE the HERO』を盛り上げてきた。そして第二ラウンドが終われば第三ラウンドがあるのは必然である。その第三ラウンドとなったのが今回のライブイベント「KING OF PRISM SUPER LIVE-MUSIC READY SPARKING!-」となるわけだが……自分は打ちのめされた。セットリストそのものは特別なものはない。予想できる範疇であるし、予習をしっかりしていればついていくことは出来た。
だが、シュワルツローズのサプライズライブは反則だろう。大和アレクサンダー役の武内駿輔が乱入し「EZ DO DANCE」を歌い踊り始めた時にはもうアレクの女(大和アレクサンダーのファンは男も女も大体これを自称する)として完膚なきまでに打ちのめされ、気が付いたら床に転がっていたし、その流れでタイガと戦い始めた時はもう語彙は失われ、「尊い」「凄い」「最高」の三語しか喋る事が出来なかった。シュワルツローズはこの二曲で終わりかな?というタイミングで登場する高田馬場ジョージ役小林竜之の可愛すぎる振付。そしてThe シャッフル。何度死に、何度生き返った事か。と同時に思い出した。自分が「『KING OF PRISM』がこれだけ多くの人に愛される作品になって嬉しい」というだけで満足してしまっていた事に。
腑抜けていた。この二年近く、幸せすぎてプリズムの煌めきを世に広める事を自分は忘れてしまっていた。何という事だ!絶対に許せねぇ!
ともあれ、今回のライブでやられた事で自分も思い出すことが出来た。『KING OF PRISM』という作品と出会った時に心に抱いた「何としてでも多くの人に見てもらわないと」という想いを。この想いがあればまたプリズムの煌めきを世界に広めることが出来る。幸い布教に向いたBDの発売も発表された事であるし、ここからまた始めていきたいところである。一人の、ヤクザとして!
ありがとう『KING OF PRISM』。でも五十嵐雅のMC芸人っぷりが一番際立ってるって何……。

Appendix

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■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
44829979_m.jpg
とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

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    面倒くさがりなので、Twitterのほうが捕まります。

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