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『新幹線変形ロボシンカリオン』が面白いと言う話

車が変形してロボットになるアニメ『トミカハイパーレスキュー ドライブヘッド』と入れ替わる形で、今度は新幹線が変形してロボットになる『新幹線変形ロボ シンカリオン』の放送が始まったので視聴しているのだが、とてもよく出来ていて非常に面白い。
「父親の影響で電車と新幹線好きの少年がひょんな事情からシンカリオンへと乗り込み、巨大怪物体と戦う!」という導入そのものは王道的で、見ていて安心できる作りで、自分にとって取り立てて語る事はないのだが、個人的に「面白い」と感じているのは「プロフェッショナルな大人達と、シンカリオンに乗り込むことができる子供達」という作品になっている事、そして「父と息子の物語」を貫こうとしている事だ。
巨大怪物体はシンカリオンでなければ戦う事が出来ない。これはシンカリオンそのものが対巨大怪物体のために作られた兵器という側面を持つからだが、しかしシンカリオンにはある欠点がある。その欠点とはシンカリオンを操るためには各車両に適合した運転士が必要であり、なぜかその適合者は子供ばかりな事だ。したがって「主人公達がシンカリオンに乗って戦う」ということは、「子供たちを戦いの最前線に送り込む」ということになってしまう。これを良しとするかどうかが二話の焦点となっていたのだが、『シンカリオン』は「大人だけでも、子供だけでもなく、大人と子供が共に作っていく未来が大事」という答えを出してきた。
凄い。「大人が子供を最前線に立つことを良しとしない」という展開はある。そして子供側の意思を汲み取って大人が根負けする形で戦いを認める展開もある。しかし『シンカリオン』はその道を選ばなかった。『シンカリオン』の出した答えは大人達は考え抜いた上で子供達を自分達と同じ、「巨大怪物体と戦う戦士」として認めている。巨大怪物体が現れた時、彼らは大人や子供ではなく一人の戦士として共に立ち向かっているのである。あまりにも格好よくてシビれた。そして全員が全員自分達の戦いをしている描写がところどころで挿入されるのが本当に素晴らしい。大人も子供も巨大怪物体に立ち向かい、未来を作ろうとしている感があって最高だ。
その上で「父親と息子の話」でもあるというのがたまらない。主人公の父親は現場の指揮官なのだが、主人公達に対して指示を出す時は指揮官としての表情と父親としての表情が入り混じったような雰囲気が出ている。そのうえで父親として果たすべきことは果たしている。母親と一対一で「シンカリオンに乗って戦う事をよしとするか」というやりとりは本当によかった。母親も母親で真実を知った上で「普通に接したい」であり、その普通に努めようとしている辺りににじみ出る非日常感、そして主人公が帰る場所としての日常感を際立たせているように思う。
また新幹線を題材にしている事やJRの全面協力を取り付けているためか、新幹線の見立て方も良くできている。
主人公は新幹線の運転士になる事を夢に見ているので新幹線は夢そのものであるが、最初に仲間に入った少年にとっての新幹線は「夢へとつながる乗り物」だ。
新幹線だからこその憧れ、そして全国各地に線路が通じている新幹線だからこその乗り物としての意味。こうした見立て方があったから、最新話の「夢が叶った人間だからこそ、誰かの夢を守りたい」という主人公の戦う理由が映える。「新幹線」という日常的なものだからこその良さがある。

これは個人的な話だが、『シンカリオン』のOP曲は良い歌詞をしているように思う。
特に「南から北 古今東西 この世界守りたい」は凄い。「古今東西」だけでも「ありとあらゆるもの」という意味があるので、「南から北」と言う部分は必要ないと言えば必要ない。しかし「南から北」があることで「古今東西」と合わせた時に意味が強調され、またこの文字列だけで「あらゆるもの」と言うことが分かり、より一層「守りたい」とする「この世界」の価値が増すのである。
藤林聖子の作詞センスが素晴らしい事は今更言うまでもない事だが、『シンカリオン』のOPを見て土曜の朝からぶん殴られて興奮した!と言う事だけは書いておきたかったので今書いた。

初音ミクがシンカリオンの運転士として登場することが決定していたりと(出身地は当然札幌)、前のめりで挑戦的なタカラトミーアーツらしい面白さも当然あるが、話そのものもロボットアクションもとても面白く、2クール以上ある作品だからこそ一話一話のエピソードの蓄積もガンガン行われている。youtubeなどでも公式で配信されているので、興味がある方は今週放送分の五話からでも是非。

『アイドルタイム・プリパラ』不器用な少女と未熟な少女の仲直り

『プリパラ』は明るく楽しい作品ではあるが、物語が終盤に差し掛かるにつれて姿を現す物語の全容はとても重くシリアスなものであることが多い。第一期は「人々の願いによって生み出された存在(=ボーカルドール)は、真の意味で友達になる事は出来ない」という残酷すぎる運命の話であったし、第二期は「友達に裏切られた経験から、これ以上傷つかないために緩慢な自殺を選ぶ」と悲しすぎる物語を、『プリパラ』としては最後となった神アイドル編も「滅びの運命を受け入れてしまったもの」を中心に据えた物語を紡いできた。明るく楽しい作品に仕上げられているが、『プリパラ』が三年間の歴史の中で紡いできた物語は非常にヘビーなものなのである。
そしてプリパラシリーズ最終章となった『アイドルタイム・プリパラ』もその点は変わらず、今年もまたヘビーな物語が紡がれている。
本作の鍵を握るのはガァララだ。
ガァララは姉であるファララと表裏一体のボーカルドールで、ファララの活動時間である昼間はガァララが眠り、ガァララが起きている夜はファララが眠るようにプログラムされている。プリパラは夜になると閉まってしまうため、ガァララは常に一人だった。ファララはプリパラにやってきた少女達と友達になったり、ライブをしてファンから声援を浴びたりできるのに、ガァララはどれだけ友達を求めても誰とも出会うことができない。その運命を変えたいガァララは、少女達の夢を奪ってファララを強制的に眠らせる事で自身の活動時間を伸ばそうとする。当然それに対抗する勢力も出てきて主人公である夢川ゆい達は当初こそガァララに対抗していたわけだが、ガァララの目的が明かされた事によって「自分の夢のために他者の夢を犠牲にしてしまうのはありなのだろうか」という問題を直視することになってしまう。
ガァララが自分の夢(=昼間でも活動したい)を叶えると少女達の夢が失われてしまう。
少女達が自分達の夢を守ろうとすると、ガァララの夢は失われてしまう。
「みんな友達!みんなアイドル!」をテーマとしてきた『プリパラ』が、この問題を解決せずに放置してしまうのはテーマの否定になってしまうわけで、夢川ゆい達はファララとガァララにプログラムされた運命を変えることで問題の解決を図ろうとするのだが、しかし結局のところガァララ本人に「自分がやっていることの自覚」と「その問題に立ち向かう意思」がなければどうしようもないわけで……。おそらくガァララの自覚を促すために考案されたのが今回の「ガァララと華園しゅうかの喧嘩」なのだろう。そしてこのガァララと華園しゅうかの喧嘩と仲直りの流れがあまりにも良い……(ここまでが前ふり)。
華園しゅうかは孤高のアイドルだ。努力に努力を重ね、出来ない事も出来るようにする。夢を持ってもすぐに現実に変える。しかしストイックな努力家で何でもできるが故に彼女は人間関係に関しては物凄く不器用で、心の底から「友達」と言える存在を持たない少女だった。そんなしゅうかの事をガァララは好きだと言い、しゅうかもまたガァララとの間に友情を感じていたわけだが、ガァララがプレゼントしたマイクこそが少女達から夢を奪う元凶であったことを知らされたしゅうかはガァララに激怒。二人の友情は失われてしまう。
この喧嘩はどう考えてもガァララが悪い。ガァララは「自分が起きている時間が長くなればしゅうかとも一緒にいられる。それはしゅうかも嬉しいでしょう?」とは言うが、しゅうかから見れば「ガァララが何も知らない自分を利用して少女達から夢を集めていた」でしかなく、それは裏切り行為に他ならない。だからしゅうかはガァララに激怒するしその怒りは正当なものだろう。
しかし「なぜしゅうかが怒ったのか」がガァララには分からない。これはガァララが人ならざるものであるからではなく、彼女がこれまで過ごしてきた時間に起因する。有体に言えば彼女は人間的に未熟なのである。
ガァララはそもそもプリパラの中に誰もいなくなった夜にしか活動することが出来ず、また少女達の夢を奪って活動するようになっても他者との関わりを持とうとしてこなかった。そんな少女が「自分がこのアクションをすることで、他者がどう考えるか」を学ぶ機会があるだろうか。対人関係において失敗や成功を積むことができるだろうか。出来るわけがない。だからガァララは善かれと思ってやった事でしゅうかを傷つけてしまう。これはとても悲しい出来事だと言えよう。ガァララが少しでも人と触れ合う時間を過ごしていればこんなことは起きなかったはずなのだ。
ガァルルから「自分がやった事」を教えられたガァララは猛省し、仲直りをしたいと思うようになる。
しゅうかもなぜ自分がそこまで深く傷ついたかを分析し、友達だと思っていた事を自覚し、二人の思いは一つ。しかしきっかけは見つからない……。
その事を知ってか知らずか、妹のために仲直りのきっかけとして自身のライブを用いるしゅうかの姉、華園みあは本当に凄い。
ライブそのものも神アイドルそのもの。今を生きる者達に希望を与えるライブだろう。「Dear My Future 〜未来の自分へ〜」は名曲だと信じて疑わないのだが、「未来で後悔させないために今動こう!」というエールはまさに今のしゅうかとガァララに相応しいもので……月並みであるが泣いてしまった。ありがとうみあ……。自分の諦めかけた夢が叶う瞬間に立ち会えた感動もあって涙が止まらなかった。きらめきフューチャースターもよかった……。

かくしてしゅうかとガァララは仲直りを果たす。しゅうかとガァララがトモチケ交換するシーンは『アイドルタイム・プリパラ』の中でも屈指の名シーンだろう。アイドル達が一致団結し、一つの目的に向かって進み始める流れは神アイドル編を彷彿とさせるが、こういう光景は何度見てもいい。彼女達ならきっと何とかしてくれるに違いない。
これからも頑張ってほしい。出来ればしゅうか×ガァララのデュオも見せてほしいのでよろしくお願いします。



二大コンテンツが同時期に新作をリリースする件について――『キラっと プリ☆チャン』『アイカツフレンズ!』

2010年の『プリティーリズム・ミニスカート』の発表以来、タカラトミーアーツとシンソフィアによって絶え間なく展開されてきたプリティーシリーズ。プリティーシリーズ第一弾である『プリティーリズム』は2016年にスピンオフ作品として『KING OF PRISM』を生み出して新たな客層を獲得し、第二弾としてリリースされた『プリパラ』は「トモチケ交換」によって一大ムーブメントを巻き起こした。
2017年12月10日にはそんなプリティーシリーズの二作品『プリティーリズム』と『プリパラ』のクロスオーバープロジェクトとして『プリティーオールフレンズ』の始動が告知されているが、2018年1月24日に開催された「プリティーシリーズ新プロジェクト」発表会にて『プリティーオールフレンズ』とは別の新プロジェクトの発表が行われた。
そのプロジェクトの名前は『キラッとプリ☆チャン』。『プリティーリズム』『プリパラ』に続く「プリティーシリーズ第三弾作品」として2018年4月より展開されていくことになる。
大まかな概要については各種メディアにて参照してほしいのだが(一番詳細なのはSocialGame info)、これまでプリティーシリーズを追い続けてきた人間として最初に抱いたのは「いよいよ来たか、この時が」であった。
子供向けコンテンツを熱心に追いかけている人間にとっては既に周知の事実であると思うが、子供の成長は大人が想像するよりも遥かに早い。あれだけ好きだった作品も三年も経過すれば「飽きた」とされることもごくごく普通のことであり、玩具やゲームをリリースする側は「飽き=卒業」のタイミングを見極めて、新たな作品をリリースしていく必要がある。
『プリパラ』はその辺りの見極めと新展開を非常に上手くやっていた作品で、卒業していくユーザーを執拗に追いかけるのではなく、育児を始めとして新しいものをどんどん導入して新たなユーザーを獲得することで今日の繁栄を築きあげたわけだが、『アイドルタイム・プリパラ』へと移行してからはそうした新規性が薄らいだためか、厳しい状態ではあった(念のため書いておくが方針としては間違ってないし、アイドルタイムからのキャラクターは大人にも子供にも受け入れられている)。
なので『プリティーオールフレンズ』とは別の新規プロジェクトとして『キラっと プリ☆チャン』がこうして発表されたことは素直に嬉しい。
「これまでの集大成」である『プリティーオールフレンズ』とは別に新規展開があることは、既存ユーザー以外にも新規ユーザーの獲得を見込める。それはシリーズそのものを存続させるためには絶対に必要なことだ。その点をきちんと見極めて展開してきたタカラトミーアーツのやり方は「流石」としか言いようがないのだが、内容についても唸らされる。
何と言っても秀逸なのは「SNS要素」を「プリティーシリーズらしさ」に変換できていることだろう。
『プリパラ』ヒットの鍵となった「トモチケ」は「フォロチケ」と名称変更されたが、役割そのものはさほど変わらない。大きく違うのはユーザーキャラクターの扱い方だ。
これまでは「ゲームプレイ時に読み込ませることで友達のキャラクターと一緒にライブが出来る」「友達が自分のトモチケを同一筐体で使ってくれるといいね♡が入る」程度であったが、『キラっと プリ☆チャン』からはフォロチケを筐体に読み込ませるとネットワーク上でもフォロワー化。いいね☆を送り合ったり、友達が遊んだ画像を見ていいね☆を送り合ったりと、「友達の存在」をより濃密に感じられるようになった。
またこれまでの筐体に外付けする形で開発された「キラっとマシン」も面白い。ゲーム中にキラッとボタンが輝くと超当たりである「キラチケ」が排出されるという。これまでプリチケにプリントされるアイテムは基本的には完全ランダムで、運要素が強いものであったが、究極的には運であっても「自らアクションを起こす必要」があることで運要素を感じにくくする意味でも悪くないアイデアだ。
「インスタグラム」をパロディにした「プリスタグラム」などの『プリパラ』でも見られた語感の良い言葉遊びも楽しい。まさに正当進化形といった出来である。
また同時に展開されるアニメはアニメで、「テレビやスマホで見る事が出来る一大エンターテイメント「プリ☆チャン」でアイドルを目指す!」とSNSが普及した昨今の時代を反映しつつも、一歩先をいくところを押さえているのが実に面白い。「誰でもチャンネルを開設できる」と言う設定を組み込むことで、「みんな友達!みんなアイドル!」の路線は守りつつ発展させているのは本当に良い。
シリーズ皆勤賞のめが姉ぇや『プリパラ』から参加しためが兄ぃが登場するかどうかまでは分からないが、いずれにせよ楽しみだ。

一方、ライバルであるアイカツ!シリーズも黙って見ているわけではない。
『キラッとプリ☆チャン』が発表された翌日となる1月25日にシリーズ第三弾となる『アイカツフレンズ!』を発表した。
詳しい概要は2月4日の発表会待ちではあるが、「友達と一緒にアイカツ!」をコンセプトに据え、友達と二人でトップアイドルを目指していくストーリーが展開されるという。
筐体は『アイカツスターズ!』のものがそのまま続投するようだが、「友達のカードを読み込ませることで、友達のマイキャラと一緒にライブが出来る」という機能は『アイカツスターズ!』でも実装されているし、まだまだポテンシャル的には持て余しているわけで、現状更新する必要はないとするバンダイナムコの判断は正しいように思う。一方カードの方では、従来のドレスカードやアクセサリーカードの他に「アイドルカード」という新たなカードが追加されている。このアイドルカードの立ち位置が不明瞭ではあるが、これまで「私のストーリー」を紡いできたアイカツシリーズが新たに挑む「私とあなたのストーリー」は期待が持てそうだ。
グッズ展開としては「コスメアイテム」の存在があるなど、大人への憧れ=背伸び感は今まで以上のものになりそうな気配があるが、この辺りをどうやって作品に反映していくのか注目していきたい。

何にしてもである。
「互いに良いところを盗み合い、切磋琢磨し合う良いライバル関係を長く続けてきたアイカツとプリティーシリーズが、初めて同時期に新作をリリースする」という非常に熱いことになってきた女児向けアーケードゲーム界隈。今後どのような展開を見せてくれるのだろうか。自身もプレイし、定点観測し続けている民としてはこれだけは間違いなく言える。「最高に楽しい」。

Appendix

魔界戦線


■DREAM WING(C87新刊)


■プリズムアライブ(C86新刊)
44829979_m.jpg
とらのあなで委託中

■スイッチオン!(C85新刊)
アイカツ3
とらのあなで委託してました

■RUNWAY
表紙
とらのあなで委託してました

プロフィール

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  • Author:水音
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    面倒くさがりなので、Twitterのほうが捕まります。

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